人物に関する記述について
本人が公開としていない個人情報(本名、生年月日、出身地など)の記述、顕著な活動をしていない親族(親戚、兄弟姉妹、配偶者、子供など)の記述、執筆者の憶測での記述、出典が無いまたは信頼性の乏しい出典による潜在的に論争となりうる記述、特に存命人物に対する名誉棄損や侮辱に該当する記述などを見つけた場合は速やかに除去した後、ノートで報告および議論の上合意を形成してください。詳しくは存命人物の伝記やプライバシー問題に関してを参照してください。
日本の政治家
堂本暁子
どうもと あきこ
堂本 暁子
生年月日1932年7月31日(75歳)
出生地 アメリカ合衆国、カリフォルニア州
出身校東京女子大学法学部
所属政党無所属(1998 - )
さきがけ(1994 - 1998)
日本社会党(1989 - 1994)
公式サイト ⇒堂本暁子の県政報告
千葉県知事
当選回数2回
就任日2001年4月
参議院議員
選挙区比例区
表・話・編・歴
堂本 暁子(どうもと あきこ、1932年7月31日 - )は日本の政治家。千葉県知事。
目次
1 概要
2 経歴
3 業績と主張
4 関連項目
5 外部リンク
//
元はジャーナリストで、参議院議員・新党さきがけ議員団座長(事実上の党代表)を歴任。さきがけ議員団座長時代はいわゆる「自社さ」政権を与党として支え、「特定非営利活動促進法(NPO法案)」を成立させた。いわゆるフェミニストでもある。鎌倉市の清泉女学院中学高等学校を経て、東京女子大学文理学部卒業。
女性知事としては太田房江大阪府知事、潮谷義子熊本県知事(当時)につぎ日本で3番目。東京湾岸の干潟三番瀬埋め立て計画を白紙(埋め立てについては禁止しない)に戻したり、首都圏中央連絡自動車道の建設を推進した。2001年の選挙では無党派候補として立候補し、当選。2005年には、一転して、政党(公明党、民主党、社民党、市民ネット、自民党の一部)、宗教団体、労組、市民団体の推薦を受けた組織型選挙を展開し、自民党本部推薦の森田健作候補らを僅差で破り2期目の当選を果たす。
経歴
1959年 - 東京女子大学文理学部を卒業後、東京放送(TBS)に入社
1980年 - 報道ドキュメンタリー「ベビーホテルキャンペーン」で、日本新聞協会賞・放送文化基金賞・民間放送連盟賞などを受賞
1980年代初頭 - 千葉県を担当。
1989年 - 日本社会党から参議院議員に当選
1993年 - GLOBE(地球環境国際議員連盟)日本総裁に就任
1994年 - IUCN(世界自然保護連合)選任理事(〜2000年)
1996年 - 新党さきがけ議員団座長(実質的な代表)に就任(〜1998年)
1997年 - UNEP(国連環境計画)の「環境に貢献した25人の女性リーダー」に選ばれる。IUCN副会長に就任
1999年8月 - GLOBE(地球環境国際議員連盟)第5代世界総裁に就任(〜2001年)
2001年4月 - 千葉県知事に就任
2005年3月 - 千葉県知事に再選
女性の社会的地位の向上や、女性の家庭における処遇の改善などに一定の業績を挙げている。一方で、女性偏重傾向の強い政治姿勢には批判も多い。とりわけ、県議会の6割弱を占める「自由民主党千葉県議会議員会」の主流派との関係は思わしくなく、男女共同参画センター設置関連条例が自民党県議員会の反対により否決された。その後、「男女共同参画センター」を「ちば県民共生センター」と改称して規模を縮小するなどで自民党と一致し条例を成立させたが、自民党県議員会の主流派との関係は依然厳しい。