土方 久徴(ひじかた ひさあきら、明治3年9月14日(1870年10月8日) - 昭和17年(1942年)8月25日)は、第12代日本銀行総裁。
東京府生まれ。東京府中学、第一高等中学校などを経て、1895年帝国大学法科大学法律学科英法専攻を首席卒業。同年7月、日本銀行入行。
日銀出身で2番目の総裁就任者。総裁就任後は、井上準之助による金解禁から第2次若槻内閣下における経済のドル買い金利上昇基調、犬養内閣での金輸出(再)禁止、1931年の金貨兌換停止、低金利路線にあった。
主に金本位制から管理通貨制度へ移行し、赤字国債引受、低金利政策によりインフレ政策一色へと進んだ。併せて国債の売りオペも実施したが、それはインフレ防止チェックのためであった。そして、国内生産力が遊休していたため、銀行も売りオペに応じることが可能であったのであり、物価上昇も顕著とはならなかった。
菰野藩主の弟で旗本幕吏・土方久己の二男。妻・まつ は三野村利左衛門の娘。次男の土方雄武は本家の土方雄志の養子となった。
略歴
1906年 国債局長
1909年 営業局長
1911年 ロンドン兼ニューヨーク代理店監督役(1911年7月 - )
日本銀行理事(1911年8月 - 1918年2月)兼代理店監督役(1911年8月 - 1912年1月)
1914年 日本郵船取締役(1914年11月 - 1926年11月)
1918年 日本興業銀行総裁(1918年2月 - 1923年2月)
1926年 副総裁(1926年7月 - 1928年6月)
1928年 日本銀行総裁(1928年6月 - 1935年6月)
1934年 貴族院議員
参考文献
吉野俊彦『歴代日本銀行総裁論』毎日新聞社、1976年。
秦郁彦『日本近現代人物履歴事典』東京大学出版会、2002年。
先代:
井上準之助日本銀行総裁
第12代:1928年 - 1935年次代:
深井英五
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更新日時:2008年7月1日(火)13:25
取得日時:2008/09/25 10:17