園田博之
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衆議院議員 園田 博之
生年月日1942年2月19日(66歳)
出生地熊本県河浦町(現在の天草市)
出身校日本大学
学位・資格経済学士
前職園田直東京事務所長[1]
日魯漁業株式会社販売課長[1]
所属委員会
内閣役職予算委員会理事
衆議院行政改革に関する特別委員会筆頭理事
世襲2世
父・園田直(衆議院議員・外務大臣)
選出選挙区熊本県第4区
当選回数7回
所属党派自由民主党(古賀派)
党役職党政務調査会長代理
党郵政政策小委員長
会館部屋番号衆・第2議員会館213号室
[ ⇒園田博之オフィシャルサイト]

園田 博之(そのだ ひろゆき、1942年2月19日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(7期)政調会長代理。熊本県天草郡河浦町(現・天草市)出身。習志野市立習志野高等学校日本大学経済学部卒業。父は元衆議院議員で外務大臣を務めた園田直
目次

1 来歴

2 関係団体

3 脚注

4 関連項目

5 ウェブサイト

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来歴

1964年日本大学経済学部を卒業し日魯漁業株式会社(現・株式会社ニチロ)に入社。サラリーマン時代は労組委員長も経験し、1983年に退社する。1986年7月、衆議院議員選挙に無所属(福田派支援)で出馬し、対抗馬として同じく無所属で出馬した義母・園田天光光(元代議士、中曽根派支援)との激しい選挙戦の末に初当選。以後連続7期当選。

1993年6月に自民党を離党、新党さきがけの結党に参加する。翌1994年6月、村山内閣が発足すると、内閣官房副長官に就任。その後はさきがけの党代表幹事として、党分裂によって衰退する党の再建に尽力したが、党の勢力減に歯止めがかからず、1998年10月、新党さきがけは解党した。さきがけ解党後は無所属となり、翌1999年12月に自民党に復党。以後、加藤派、その流れを汲む小里派 - 谷垣派に所属。

2004年10月に自由民主党郵政改革合同部会座長に就任し、郵政国会では郵政民営化法案の党内取りまとめでその手腕が注目された。政治家の年金未納問題が注目された際に年金の未納が発覚している。

2007年の参院選後、退陣を拒否して続投を表明した安部晋三首相を激しく批判し退陣を迫った。

2007年12月、北朝鮮との国交正常化実現を目指す議員連盟、自民党朝鮮半島問題小委員会を立ち上げ、副委員長に就任した。

現在は与謝野馨官房長官に接近し財政再建派の正しいことを考え実行する会の中核メンバーとして中川秀直元幹事長らの上げ潮派と激しく対立している。また、さきがけ時代から続く、前原誠司枝野幸男玄葉光一郎古川元久ら民主党有力議員とのパイプを持つことから、一部では政界再編のキーマンとして位置づけられている。当選7回にして主要ポストにもつかないのも、園田自身が政界再編の日にむけてしがらみを作りたくないためだという[2]

自民党内ではリベラル派。


関係団体

日韓議員連盟所属。

北京オリンピックを支援する議員の会所属。

正しいことを考え実行する会

自民党朝鮮半島問題小委員会副委員長


脚注^ a b 『日本紳士録 第八十版』(交詢社出版局) より
^ 『マル秘裏情報で読む 政界大再編はこうなる!』2008年、洋泉社


関連項目

ユートピア政治研究会

武村正義

加藤の乱

金子恭之

山崎理


ウェブサイト

園田博之オフィシャルサイト

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki