国防(こくぼう)とは外敵の侵略から国家を防衛することである。往々にして「軍事」「軍需」のダブルスピークに用いられる。
目次
1 概説
2 侵略活動
3 防衛活動
4 自衛権
5 国際政治の問題
6 国防負担
7 関連項目
8 参考文献
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国防とは国外に存在する敵が行う自国への侵略への対抗手段として主に軍事的手段を行使するための国家活動である。具体的には侵略軍を排除するための防衛活動、また同盟国と連携した防衛活動を指す。主権国家には自衛権が認められているために、国防のために軍事力を造成してこれを管理し、侵略を受けた場合は武力によってこれを排除することは国際法的にも認められた権利であり、なおかつ国家が国民の生命と財産を保全するためにも必要である。歴史的に国防は市民の重大な責務であり、また兵役は市民の誇りともされ、軍隊は独立国家の象徴とされる。現代では国家総力戦によって国防の内容が軍事的な分野にとどまらず経済的、社会的、思想的な分野にまで拡大しており、また大量破壊兵器の出現などによって軍縮や軍備管理などの軍事力の抑制や平和的な紛争解決の必要が論じられるようになったが、国際政治上の問題もあるために一部の進展は見られるものの、従来の国防の意義は未だに広く認められている。
国防の概念はまず外敵による侵略に対する国家の反応と言える。外敵の侵略とはここでは相手国の国土に対して直接的に軍事力で侵攻攻撃する直接侵略と、間接的な手段によって相手国の内部で反乱や騒擾を引き起こして武力攻撃する間接侵略と定義されている。この間接侵略は第二次世界大戦後の冷戦期に言われるようになった概念であり、勢力圏の拡大を狙った共産主義国家による援助や教唆によって自由主義国家内部の国民が反乱を起こして結果的に政治体制を破壊を指して言われるようになった。ただし侵略の定義が国際的に合意されたわけではなく、国際連合でも間接侵略の定義について議論された時も各国の合意は得られなかった。侵略の定義については一般的に1933年7月にロンドンで締結され、ソ連、トルコ、ルーマニア、ポーランド、ペルシアなどの八カ国が締約した「侵略の定義に関する条約」がある。これによると外国に対する宣戦布告、宣戦布告がない場合でも外国領域への侵入、領域、船舶、航空機への攻撃、沿岸や港湾の海上封鎖、各国における外国の武装部隊に対する支援などが侵略国の条件として列挙されている。
侵略活動は物理的な強制力を伴う手段であり、これに対抗することが出来るのは同様に物理的な抵抗力を伴う手段である防衛活動である。防衛活動は分野によって軍事的な防衛活動、政治的・外交的な防衛活動、経済的な防衛活動に大別することができる。軍事的な防衛活動とは軍備を動員し、軍事作戦を展開して攻撃・防御・後退などの戦闘行動によって敵を撃破・撃滅するための基本的な防衛活動である。政治的・外交的な防衛活動とは政略により国際政治戦または国内政治戦を展開する防衛活動である。経済的な防衛活動とは経済力を維持増進することによって国内の経済的・社会的な情勢を安定化させて国民所得や生産力を確保し、敵による経済力の破壊や社会的な団結の破壊に抵抗し、軍事的・政治的な防衛活動に寄与するための防衛活動である。
侵略の対象となる国家には主権・国家管轄権がある。主権とは国際法的には国家の独立した最高権力であり、上位から何の支配も受けずに対内的・対外的に支配権を行使することができる権力であり、現代の国際法では主権は相対化された上で国家が持つ権限の集合体を国家管轄権と呼ぶ。これには自衛権、生存権、外交権、立法権、司法権、行政権、課税権などの側面を持っており、全ての国家が平等に保有することが認められている。この体制は近世のウェストファリア体制によって確立されたものであるが、武力不行使の原則が述べられている現代の国連憲章においても国家主権は尊重されており、主権国家には自衛権がある。自衛権は緊急に不正な攻撃を受けた場合に武力を運用する権利である。この自衛権を行使するために国家は軍隊を編制してこれを維持管理することができる。国家は軍事力を以って侵略を防ぎ守る正当な権利を持っており、戦時国際法の制約に沿う限り武力行使は認められるものである。(自衛権、戦時国際法を参照されたい)
非武装による恒久的・世界的な平和は理想であるが、今日の国際関係での達成は極めて困難である。その理由として国際政治の観点から国際平和を制度的に確立することの困難性が挙げられる。第一次世界大戦ではどの国も能動的に戦争を希望したわけでもなかったが、開戦と同時に外交上に制御不可能な戦争の連鎖が生起して四年間にわたる総力戦となった。この反省によって国際連盟が発足しようとしたが、提唱したアメリカは国内的な政治情勢から加盟しないなどの問題があったために世界的な国際機構として機能できなかった。文化面で成果を挙げるもののついに1931年の満州事変とその後の支那事変における日本、またヴェルサイユ条約を違反するドイツ、エチオピアを攻撃したイタリアに対する効果的な措置がとることはできなかった。第二次世界大戦は不戦条約の参加国により遂行され、再び国家総力戦を戦うこととなった。戦後の1945年10月に発足した国際連合は国際社会の平和を維持して国際協力を進める国際機関として活動しており、国連憲章にも国際平和を破壊する侵略行為に対しては集団安全保障によって軍事的措置を含んだ対応が準備された。しかしながら国際連合においても自由主義と共産主義の対決という新しい米ソ両国の対立が生まれ、当初構想されていた軍事参謀委員会と国連軍は成立せず、安全保障理事会の内部における拒否権を用いた政治的な駆け引きによって国連の安全保障上の機能が実行不能に陥いることとなった。