国王(こくおう、英語:king、フランス語roi、ノルド語konng、ラテン語REX)とは、君主の称号(君主号)の一種である。フランス国王ルイ14世
目次
1 西洋の王
2 東洋の王
3 現在の「王」
4 世界の国王
5 関連項目
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ヨーロッパの君主には皇帝、国王、プリンスの3つの概念がある。元々は各地域ごとに君主の名称があった訳だが、ローマ帝国以降のヨーロッパの秩序においては、皇帝や教皇から王として承認を受けた存在のみが王であり、そのような承認を受けない小君主が総称的にプリンスと呼ばれた。
皇帝が共和制ローマの職名を起源としているのに対し、英語のkingのようなゲルマン系の王の名称は血統を意味するkinから派生しているため、より血統が重視された。皇帝は実力のある者が推戴されることが基本であり、このためローマ帝国、東ローマ帝国ではしばしば実力者が武力闘争やクーデターによって皇帝となり、神聖ローマ帝国では選挙制が維持された。コルシカ島生まれの軍人に過ぎないナポレオン・ボナパルトは皇帝の方が成り易かったと言えるかも知れない。
ゲルマン系の王は元々は戦争時に臨時に選ばれるもので、これがゲルマン、スラブ系の選挙王制につながっているが、この場合でも王の血統を引く事が選出の条件となった。またケルト系のタニストリー制でも王の血統を持つ者から選ばれる。近代に入って新たに独立した国々が王制を採用した場合、多くの国では最初から王が存在しないか、既に王家の血統が絶えていることが多かったが、その場合でも自国の貴族から選ぶよりドイツ系の君主の一族を招いて王とすることがしばしばあったのも、王となるのは王の血統を引いた者といった概念があったからである。ヨーロッパでは、ほとんどの場合、王朝交代があっても傍系か女系の血統を引いている。
二つ以上の王国が同じ君主を頂くが国としては合併しない場合を同君連合という。イングランドとスコットランド、イングランドとオランダ、スウェーデンとノルウェーなどにその例がある。
相続法により女性の王位継承を認める場合とそうでない場合がある。ドイツなどサリカ法地域では女性の王位継承を認めない例が多い。なお近代では女性の王位を認める国が増えている。女性の場合女王(じょおう)という。
「王」という言葉は古代中国語に発する。最初の王朝の殷、それに続く周の君主も「王」を名乗っていた。春秋時代に周の統治能力が衰え、群雄割拠の時代になっても封建制のもと各君主は周王を尊重して王を名乗るものはいなかった。楚のように周を指し置いて「王」を名乗るのは文明外の蛮族を称するようなものとみなされた。しかし、戦国時代には封建制が崩壊し、各国の君主が「王」を名乗ると「王」の価値が暴落した。そのため戦国時代を統一した秦王の政は自らを「皇帝」と名乗ることになった。それに続く漢も皇帝を君主号として使用し、最後の王朝清まで至上の君主号であり続けた。一方で「王」は皇帝に次ぐものとされ、皇帝の一族が各国に封じられときに与えられる称号となった。そのため、皇帝の支配の及ばぬ、外国の君主を「王」にする、擬制することで、「世界を支配しているという事実」を作ろうとした。冊封体制である。そのため、東洋では「王」は中国皇帝から賜る称号であり、中国皇帝に臣従した証しとなった。
日本では早くから冊封体制を脱し、君主には天皇の称号を事実上の「皇帝」の称号として使用してきた。そのため、中国と貿易をするときなどに用いられる「日本国王」の称号は、事実上天皇よりも下位とされ、なおかつ政治的実権を握った将軍が名乗るケースが慣例となった。
君主が国内向けには「国王」と自称していない場合も、対外的に称する外交称号として用いられた事例がある(日本の将軍、ベトナムの太上皇など)。琉球以外の日本では制度上国王という位が設けられたことはないが、天皇を指して国王、王と呼ぶ例は軍記物語などの文献に広く見られる。
近代では立憲君主制を採用する国が多く、そのような国では国王の役割は儀礼的なものとなってきているが、外交や公式・非公式な場での発言などによる政治的な影響力は大きい。
アジア
アブドゥッラー2世 …ヨルダン・ハシミテ王国国王
アブドゥッラー・ビン・アブドゥルアズィーズ …サウジアラビア王国国王
カーブース・ビン=サイード …オマーン国国王
ギャネンドラ・ビール・ビクラム・シャー・デーヴ …ネパール国国王