四元義隆(よつもと よしたか、明治41年(1908年) - 平成16年(2004年)6月28日)は元三幸建設工業社長。右翼運動家。政界の指南役。血盟団のメンバーの一人。別名「一匹狼の非利権右翼」
経歴
1908年に鹿児島県にて出生。
鹿児島県立第二鹿児島中学校(現鹿児島県立甲南高等学校)を卒業。
第七高等学校造士館(現鹿児島大学)を卒業。
1928年4月に東京帝国大学法科(現、東京大学法学部)入学。在学中に上杉慎吉主宰の七生社の同人となる。翌年上杉が死去した為、安岡正篤の金鶏学院に入ったがロンドン条約の反対運動の時に安岡に四元は不満を抱いた。その頃に井上日召と知り合い、血盟団の同志となる。
血盟団事件に連座して逮捕された。1934年11月22日に殺人罪で懲役15年の実刑判決。
1940年に他の団員と共に恩赦で出所する。のちに井上らと共に近衞文麿の中枢部に参画する。四元は近衛の書生や鈴木貫太郎の秘書も務めた。
1944年に翼賛壮年団理事。
1945年には近衛の秘書や緒方竹虎のブレーントラストとして活躍した。
1948年からの農場経営を経て、1955年から田中清玄の経営していた三幸建設工業の社長となる。2000年、同社会長。
2003年に会長を退任した[1]。
2004年に死去。享年96
関連項目
佐々弘雄
重信房子 - 同郷の同志。
血盟団事件 - 共同正犯の1人として実刑判決。
脚注^ ⇒中央ジャーナル2003年05月25日発行
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更新日時:2008年9月27日(土)18:51
取得日時:2008/11/13 18:08