日本 > 四国地方 > 愛媛県 > 喜多郡■:市 / ■:町
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喜多郡(きたぐん)は、愛媛県(伊予国)の郡。人口18,614人、面積299.5km?、人口密度62.2人/km?。(2008年7月1日、推計人口)
以下の1町を含む。
内子町(うちこちょう)
郡名は『日本三代実録』を初見とする。宇和郡の北部という意味の「きた」に「喜多」を当てたものと推察されている。古くは「岐多」「北」とも書かれる。
歴史
866年(貞観8年)11月8日、宇和郡北部が分立し、喜多郡成立。
1877年(明治11年) - 郡区町村編制法施行により、改めて発足。(2町34村)
1878年(明治12年)1月 - 大洲町(おおずちょう、現大洲市)に郡役所を設置。
1889年(明治22年) - 中山村(なかやまむら)が下浮穴郡へ移行(現伊予市)。(2町33村)
1899年(明治32年)2月 - 西宇和郡平野村が喜多郡へ移行、平野村(ひらのむら)となる。(2町34村)
1908年(明治41年)4月1日 - 平村(たいらむら)、喜多村(きたむら)が合併し、大洲村(おおずむら)となる。(2町33村)
1908年(明治41年)9月30日 - 伊予郡下灘村の一部(石畳)を満穂村(みつほむら)に編入。
1909年(明治42年)4月1日 - 田処村(たどころむら)を柳沢村(やなぎさわむら)に編入。(2町32村)
1909年(明治42年)4月1日 - 山鳥坂村(やまとさかむら)、奥南村(おくなむら)が合併し、河辺村(かわべむら)となる。(2町31村)
1920年(大正9年)5月21日 - 五十崎村(いかざきむら)が町制施行し、五十崎町(いかざきちょう)となる。(3町30村)
1921年(大正10年)11月1日 - 大成村(おおなるむら)、蔵川村(くらかわむら)が合併し、大川村(おおかわむら)となる。(3町28村)
1922年(大正11年)1月1日 - 柴村(しばむら)、滝川村(たきがわむら)が合併し、白滝村(しらたきむら)となる。(3町28村)
1922年(大正11年)4月1日 - 豊茂村(とよしげむら)、相生村(あいおいむら)が合併し、大和村(やまとむら)となる。(3町27村)
1922年(大正11年)4月1日 - 喜多山村(きたやまむら)を新谷村(にいやむら)に編入。(3町26村)
1925年(大正14年)8月10日 - 南久米村(みなみくめむら)の一部(亀山)を大洲町(おおずちょう)に編入。
1929年(昭和4年)12月26日 - 村前村(むらさきむら)を分割し、五城村(ごじょうむら)、大瀬村(おおせむら)、天神村(てんじんむら)に編入。(3町25村)
1934年(昭和9年)1月1日 - 久米村(くめむら)、大洲村を大洲町に編入。(3町23村)
1943年(昭和18年)4月1日 - 河辺村、大谷村(おおたにむら)、宇和川村(うわがわむら)、上浮穴郡浮穴村の一部(北平)が合併し、肱川村(ひじかわむら)となる。(3町21村)
1948年(昭和23年)4月1日 - 肱川村の一部を大川村に編入。
1951年(昭和26年)1月1日 - 肱川村が肱川村、河辺村に分割される。(3町22村)
1954年(昭和29年)9月1日 - 平野村、粟津村(あわずむら)、三善村(みよしむら)、上須戒村(かみすかいむら)、大洲町、南久米村、菅田村(すげたむら)、新谷村、柳沢村、大川村が合併し、大洲市(おおずし)が発足、郡より離脱。(2町12村)
1954年(昭和29年)9月1日 - 天神村、御祓村(みそぎむら)、五十崎町が合併し、五十崎町となる。(2町11村)
1955年(昭和30年)1月1日 - 喜多灘村(きたなだむら)、長浜町(ながはまちょう)、櫛生村(くしゅうむら)、出海村(いずみむら)、大和村、白滝村が合併し、長浜町となる。(3町6村)
1955年(昭和30年)1月1日 - 満穂村、立川村(たつかわむら)、内子町(うちこちょう)、五城村、大瀬村が合併し、内子町となる。(3町2村)
1955年(昭和30年)2月11日 - 東宇和郡貝吹村の一部(西)、東宇和郡横林村の一部(予子林)を肱川村に編入。
1959年(昭和34年)11月3日 - 肱川村が町制施行し、肱川町(ひじかわちょう)となる。(4町1村)
2005年(平成17年)1月1日 - 内子町、五十崎町が上浮穴郡小田町が合併し、新しい内子町(うちこちょう)となる。(3町1村)
2005年(平成17年)1月11日、長浜町、肱川町、河辺村が大洲市と合併し、新しい大洲市(おおずし)が発足、郡より離脱。(1町)
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