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唯識(ゆいしき、skt:???????????????? vijJapti=maatrataa)とは、この世のあらゆる物や存在が、ただ心による作用で成り立っているという大乗仏教の見解の一つである。なお、西洋哲学でいう唯心論と似ているが最終的な部分で異なる(後述)。
目次
1 概要
2 八識
3 語源から見た唯識
3.1 心の外に「もの」はない
3.2 阿頼耶識と種子のはたらき
3.3 最終的には心にも実体はない
4 唯識思想の特色
5 成立と発展
5.1 インドにおける展開
5.2 中国・日本への伝播
6 教義
6.1 第一能変
6.2 第二能変
6.3 第三能変
6.4 三性
6.5 修行の階梯
6.6 転識得智
7 唯心と唯識
8 識と存在
8.1 解深密経
9 三島由紀夫と唯識
9.1 参考図書
10 脚注
11 関連項目
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唯識は、4世紀インドに現れた瑜伽行唯識学派(ゆがぎょうゆいしきがくは 唯識瑜伽行派とも)、という初期大乗仏教の一派によって唱えられた唯心論的傾向を持つ思想体系である。「唯識二十論」や「唯識三十頌」を著した世親(ヴァスバンドゥ)たちによって書物としてまとめられた。「唯識二十論」では「世界は個人の表象、認識にすぎない」と強く主張する一方、言い表すことのできない実体があるとした。「唯識三十頌」では、前五識(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)と意識のほかに末那識(まなしき)、阿頼耶識(あらやしき)という二つの深層意識層を想定し(八識説)、部分的に深層心理学的傾向や生物学的傾向を示した。
瑜伽行唯識学派は、中観派の「空 (くう)」思想を受けつぎながらも、とりあえず心の作用は仮に存在するとして、その心のあり方を瑜伽行(ヨーガの行・実践)でコントロールし、また変化させて悟りを得ようとした(唯識無境=ただ識だけがあって外界は存在しない)。
この世の色(しき、物質)は、ただ心的作用のみで成り立っている、とするので西洋の唯心論と同列に見られる場合がある。しかし東洋思想及び仏教の唯識論では、その心の存在も仮のものであり、最終的にその心的作用も否定される(境識倶泯 きょうしきくみん 外界も識も消えてしまう)。したがって唯識と唯心論はこの点でまったく異なる。
しかしてこの唯識思想は後の大乗仏教全般に広く影響を与え、最終的に識の奥底に仏性の存在を見出す論者も現れた。(如来蔵思想)
唯識思想では、とりあえず「識」(心)だけは仮にあるものと考えるところから始まる。
まず、視覚とか聴覚とかの感覚も唯識では識であると考える。感覚は5つあると考えられ、それぞれ眼識(げんしき、視覚)・耳識(にしき、聴覚)・鼻識(びしき、嗅覚)・舌識(ぜつしき、味覚)・身識(しんしき、触覚など)と呼ばれる。これは総称して「前五識」と呼ぶ。
その次に意識、つまり自覚的意識が来る。六番目なので「第六意識」と呼ぶことがあるが同じ意味である。また前五識と意識を合わせて現行(げんぎょう)という。
その下に末那識(まなしき)と呼ばれる潜在意識が想定されており、寝てもさめても自分に執着し続ける心であるといわれる。