哲学(てつがく、希: φιλοσοφια=愛知)は、前提や問題点の明確化、概念の厳密化、命題間の関係の整理などの理性的な思考を通じて、様々な主題について論じて研究を進める学問の一種。また、そのような思考を通じて形成される立場も哲学と呼ばれる(ソクラテスの哲学、など)。
目次
1 フィロソフィという語
2 哲学の主題
3 過去を振り返る哲学
4 広義の哲学
5 翻訳語としての「哲学」
6 特徴
6.1 自然科学と哲学
6.2 論理学と哲学
6.3 宗教と哲学
6.4 人文科学との関係
6.5 哲学への批判
6.6 日本の哲学への批判
6.7 哲学と女性
7 分類と専門分野
8 主な学派や立場
9 脚注
10 関連項目
11 外部リンク
//
フィロソフィという語アテネの学堂(Scuola d'Atene)、ラファエロ・サンツィオ、1508-11年、バチカン宮殿
ギリシャ語の「philos」(愛)+「sophia」(知)の結合であり、「知を愛する」という意味が込められた語である。この語はヘラクレイトスやヘロドトスによって、形容詞や動詞の形でいくらか使われていたが、名称として確立したのはソクラテスやプラトンが用いるようになってから、とされている。また冒頭に示したように、多くの言語でこのギリシャ語の語に音写した語となっている。
歴史的には哲学に関しては様々な考えが生まれた。多くの直接に実用的ではない学問[1]を哲学と考えるむきもあるが、現代の目からすれば学問・科学(羅: scientia)の側面も含んでいたと言える[2]。今日のような狭義の哲学という学問領域が成立したのは、19世紀中頃、哲学者ヴントの新しい学問分類によって学問の総称の地位が哲学から科学に移行してからである。
学問としての哲学で扱われる主題には世界を説明する起源を始め真理、善、美、正義、神、存在、時間、知識、本質、同一性、理性、因果、意識、自他などといった事柄が含まれる。一般に、哲学の主題は抽象度が高い概念であることが多い。
これらの主題について論じられる事柄としては、定義(「神とは何か」)、性質(「理性は人間にとって生与のものか」)、複数の立場・見解の間の整理(「諸存在の本質はひとつであるとする立場と、諸存在の本質は多様であるとする立場の主な争点は何か」)などがある。
また、「高貴な生き方とは存在するのか、また、あるとしたらそれはどのようなものなのか」「善とは永遠と関連があるものなのか」といった問いの答えを模索する営みとして、旧来の神学や科学的な知識・実験では明確に解答を与られないような問題を扱うものであるとも言える[3]。
このような意味での哲学はより具体的にはとりわけ古代ギリシアのギリシア哲学、中世のスコラ哲学、ヨーロッパの諸哲学(イギリス経験論、ドイツ観念論など)などをひとつの流れとみてそこに含まれる主題、著作、哲学者などを特に研究の対象とする学問とされることも多い(哲学一般から区別する場合にはこれを特に西洋哲学と呼ぶことがある)。
また、諸学問の扱う主題について特にこうした思考を用いて研究する分野は哲学の名を付して呼ぶことが多い。例えば、歴史についてその定義や性質を論じるものは「歴史哲学」と呼ばれ、言語の定義や性質について論じるものは「言語哲学」と呼ばれる。これらは哲学の一分野であると同時にそれら諸学の一部門でもあると考えられることが多い。
更に広義には哲学は思索を経て何かの意見や理解に辿り着く営みでありそのような営みの結果形成されたり選ばれたりした思想、立場、信条を指す。例えば、「子育ての哲学」「会社経営の哲学」などと言う場合、このような意味での哲学を指していることが多い。
また、哲学は個々人が意識的な思索の果てに形成、獲得するものに限定されず、生活習慣、伝統、信仰、神話、伝統芸能や慣用表現、その他の文化的諸要素などと結びついて存在している感受性、価値観、世界観などを指す場合もある。つまり、物事の認識・把握の仕方、概念、あるいは発想の仕方のことである(こうしたものは思想と呼ばれることも多い)。
このような感受性や世界観は必ずしも理論体系として言語によって表現されているわけではないが、体系性を備え、ひとつの立場になっていると考えられることがしばしばある。
なお、日本語「哲學」(希哲の学)という訳語は、明治時代初期に元津和野藩士西周によって作られた日本語の単語である。