1999年(平成11年)に国旗及び国歌に関する法律で公認される以前の明治時代から国歌として扱われてきた。この曲は、平安時代に詠まれた和歌を基にした歌詞に、明治時代に林廣守が作曲、詳細は後述する。
目次
1 歌詞
2 歴史(制定までの経緯)
2.1 和歌としての君が代
2.1.1 テキストと作者
2.1.2 解釈
2.1.3 和歌・朗詠と引用
2.2 民謡・琵琶歌としての君が代
2.3 明治
3 国歌としての君が代
3.1 君が代をとりまく状況
3.1.1 主な対立する意見
3.2 放送局での君が代の演奏
4 九州王朝の春の祭礼の歌説
5 関連する楽曲
6 参考音源
7 外部リンク
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歌詞「君が代」の楽譜
歌詞
君が代は千代に八千代にさざれ石のいわおとなりてこけのむすまで
読み
きみがよは ちよにやちよに さざれいしの いわおとなりて こけのむすまで
一般的な漢字かな交じり表記
君が代は 千代に八千代に 細石の 巌となりて 苔の生すまで
現代語訳
君が代は、千年も八千年も、細石が大きな岩になってそれにさらに苔が生えるほどまで、長く長くずっと続きますように。
註
歌詞・読みは、国旗国歌法の表記を採用(歴史的仮名遣いでは「いはほ」とする)。
「君が代」は平安時代の用法としては「わが君の御代が」とすることが多いが、時には「こちらさまの(あなたさまの)御寿命が」という意味の場合もある。歌詞についての公式の解釈がないので両方とも可能であることを注記しておく(次章「解説」を参照)。
作者は未詳である。
歌詞の出典はしばしば『古今和歌集』(古今和歌集巻七賀歌巻頭歌、題しらず、読人しらず、国歌大観番号343番)とされるが、古今集のテクストにおいては初句を「わが君は」とし、現在採用されているかたちとの完全な一致は見られない。「君が代は」の型は『和漢朗詠集』の一本に記すものなどが最も古いといえる(巻下祝、国歌大観番号775番)。
解釈の上で問題となるのは「わが君は」「君が代」の「君」である。古語の「君」には(1)単純な二人称と(2)君主、王の二義があり、その先後については古くより議論があってどちらとも容易に定めがたい。王朝和歌の世界においても両様が用いられた。
「わが君は」とする場合、考えられうる解釈は(1)「わたしの恋しいあなたは……」と恋人の長生を祈る歌、(2)「こちらのだんなさまは……」と祝言を専門とする芸能者が門付けによってその家の主の繁栄と長生を祈る歌、またはそうした態度をまねてある人がある人の長寿を祝う歌、(3)「わが大君は……」と天子の千秋万歳を祈る歌、の三つがある。古今集にかぎって考えるならば、読人しらずの民謡的な歌であること、四首つづけての読人しらずの後に仁明天皇が僧正遍昭の長寿を祈る歌が掲げられていることなどから、(3)の解釈を取るにはやや無理がある。もともと古今集の賀歌には聖代を寿ぐ意識よりも、長寿を祝い、祈る意識のほうがつよく、特に天子の宝算を祝祷する意識はあまりつよくないことはその詞書を見ても瞭然としているからである。ただし(1)の説を特に強調することも、古今集の解釈としてはやや無理があり、当時の人々の賀歌に対する態度からしてもっとも穏当と思われるのは(2)の解釈ということになるのではないだろうか(ちなみに以上はあくまで古今集採録の歌としての考察であり、それ以前に、あるいはその発生時において「わが君は」の歌がどのように解釈されていたかについてはまったく見当がつかないというのが正確なところである)。
元来民謡的性格の歌であったために、そのテクストに異文があることは特に奇異とするに足りない。古今集採録のかたちが古形である可能性はかならずしも否定できないが、ある時期以降「わが君は」と「君が代は」の両様が行われ、一方が古今集に採られたと見るべきであろう。「君が代は」とした場合、解釈としてはやはり上掲(1)から(3)の三説がありうるが、妥当性としては(1)の線がうすくなる。「君が代」は祝、賀の歌によく用いられる語であるから、単に長生を祈るというだけではなく、公式の場で堂々と祝いを述べるという性格がつよくなるためである。ちなみに和漢朗詠集での配列を閲するかぎりは、「君が代」はあきらかに(3)の解釈を与えられている(祝の部の漢詩は、たとえば「嘉辰令月歓無極、万歳千秋楽未央」などといったものである)。
ただしここで誤ってならないのは、マスコミュニケーションの発達していないこの当時の民衆にとって、君主とは手の届かない、想像も付かない、雲の上の神や大昔の伝説、おとぎ話に近い概念であり、『君が代』における「君の長生」を祈る歌詞は、忠誠心や尊王とは切り離された「この治世の平安が続きますように」といった「祝福」に近い意味でとらえられていたことであろう。
なお、「千代に八千代に」の部分であるが、中世期の古今集解釈には二様があり、現行のように「千代に八千代に」とする説(冷泉家系統)と、「千代にや、千代に」と「千代に」の反復であるとする説(二条家系統)がともに行われたが、現在では前者で落ちついている。学問的な通説としても前者とする人が多い。
また、和歌、朗詠の常識として、本文は同じであってもそれが引用され、朗詠される場によってその解釈は折々に変る。