この項目では学術的に追求した歴史上の人物としてのイエスについて説明しています。
歴史的な人物としてのイエスの経歴についてはナザレのイエスをご覧ください。
宗教的指導者としてのイエスについてはイエス・キリストをご覧ください。
信仰の対象としてのイエスについては救世主イエス・キリストをご覧ください。
歴史的観点から見たイエス信仰の受容については新約聖書とイエスの歴史的受容をご覧ください。
イエス関連項目
イエス・キリスト/史的イエス/メシア/救世主イエス・キリスト
新約聖書とイエスの歴史的受容
受胎告知
キリストの降誕
イエスの洗礼
荒野の誘惑
最後の晩餐
キリストの磔刑
キリストの墓
復活
キリストの昇天
聖遺物
史的イエス(してき―)とは、いわゆるイエス・キリストを歴史的な面から学術的に追求した人物像である。
目次
1 史的イエスをめぐる議論の経緯
2 史的イエス研究によるイエス像
2.1 イエスの生年
2.2 洗礼者ヨハネとの関係
2.3 イエスの没年
2.4 イエスの思想
3 史的イエスの課題
3.1 「イエス」と「キリスト」概念
3.2 イエスの実在性に関する議論
3.3 史料上の課題
4 他の観点からみたイエス像
5 参考文献
6 関連項目
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史的イエスの実像の探求においては、近代の新約聖書学がキリスト教会によってイエスの事績を記したとされてきた福音書を歴史学的にどう評価してきたのかという問題と、深い関連がある。
マタイ、マルコ、ルカの共観福音書のうち、最初に書かれたのが素朴な『マルコによる福音書』であると言う「マルコ優先説」をカール・ラハマンが提出(1835年)すると、『マルコ福音書』の分析に基づけばイエスの歴史的実像にたどり着けるというのが当時の学者の大方の見方となった。ホルツマンはこの学説に基づき、福音書は救い主(メシア)であるイエスが自己を啓示する過程の記述であるとの見解を提出した(1886年)。
しかしこの見解はヴレーデが提出した「メシア秘密」の研究によって深刻な打撃をこうむることになる。つまり、福音書の中にイエスが弟子や人々に対し自分をメシアであることを言いふらすことを禁じる命令をしている(メシア秘密)のはイエス自身がそもそもメシアとしての自覚を持っていなかったためで、そのような記述は当時の教会神学が生んだものであると断じたのである(1901年)。これに対してアルベルト・シュバイツァーは『イエス伝研究史』を著わし、これまでのイエス研究そのものが研究者の思想的背景の単なる投影に過ぎないことを明らかにし、イエスは終末論的世界観の中に生きておりメシアとしての自覚を持っていたと言う見解を表明した(1906年 - 1913年)。
その後、J・ヴァイスはこのような教会神学の所産である福音記者の編集部分を取り除くことでイエスの歴史像を解明しようと、マルコの分析を行なった。しかし、伝承の編集は予想以上に複雑な過程を経ていると判断した(1903年)。またユリウス・ヴェルハウゼンは、マタイとルカから再構成される仮説上のイエスの言葉資料であるQ資料が形作られる過程においても、マタイとルカにおけるQ資料の編集においてすらも、教会神学が作用していると主張している(1905年 - 1909年)。つまり批判的立場に立った場合、すべての福音書に編集の手が加わっていると考えられるため、福音書成立の順序に基づく研究のみでは歴史的なイエス像はわからないばかりか、後代成立の福音書の部分であるという理由で重要な伝承が切り捨てられてきた可能性すら出てきた。
ここで、すでに編集されて福音書を形作っている個々のイエスの言葉や物語それぞれの編集の過程と歴史的な位置付けをしようとする「様式史研究」という試みがM・ディベリウス(1919年)やルドルフ・カール・ブルトマン(1921年)らの一群の学者によって始められた。この研究方法では、イエス伝承の形成者としての原始教団と言う集団は固有の「文体」、「様式」、「文学類型」を生み出したと想定し、個々の伝承がどのようにして生まれ、どのように個々の福音書の現在見られるような位置に編集されるに至ったか、歴史的経緯を明らかにすることを目的としている。したがって、物語の中のどの言葉が編集のために福音記者が補った言葉(編集句)であるか特定をすることで伝承を洗い出すことが行なわれ、「論争」、「奇跡行為」、「伝説」などの教団の「生活の座(Sitz im Leben)」のどこにその伝承が位置付けられるかを明らかにすることで、イエスの歴史的実像に関する諸伝承の成文化以前の歴史的価値を決定しようとする。