921大地震(きゅうにいちだいじしん)は、台湾時間の1999年9月21日1時47分(日本時間9月21日2時47分、GMT時間9月20日17時47分)に、台湾中部の南投県集集鎮( ⇒北緯23度8分5秒東経120度8分2秒)を震源として発生した、M7.6(台湾の資料はM7.3)の地震。921大地震のほか、台湾大地震、集集大地震、台湾中部大地震、921集集大地震、台湾大震災などと呼ばれ、20世紀の台湾で一番大きな地震であった。
目次
1 余震
2 被災地区と死傷
3 救援
4 記念
5 エピソード
6 外部リンク
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台湾時間9月21日の2時16分、9月22日の8時14分、9月26日の7時52分に、マグニチュード6.8の余震が生じた。
被災地区と死傷
死者:2,321人
負傷者:8,000人
行方不明者:57人(台湾行政当局の発表)
特に被害が甚大だったのは震源の南投県と、南投県に隣接する台中県だが、震源から比較的離れた台北市と台北県でもビルが倒壊し多くの死傷者が出た。台湾鉄路の集集駅駅舎は倒壊(2001年に修復再建された)。台湾の成長の原動力であるハイテク産業の中心、新竹も被害を受け、この年の経済成長を下方修正せねばならなかった。
大地震が発生した夜、日本の国際消防救助隊(国際緊急救助隊)が最初に台湾入りし、災害現場に急行した。 世界各地より災害救助犬も派遣された。
【各国から派遣された緊急救助隊の規模】
日本 145人
米国 93人
ロシア 73人
スイス 40人
シンガポール 39人
トルコ 36人
スペイン 28人
ドイツ 21人
韓国 16人
オーストリア 10人
タイ 9人
イギリス 6人
チェコ 6人
カナダ 2人
国連 6人
また日本では、1999年10月21日、東京都大手町にて「加油台湾チャリティシンポジウム」が開催され、深田祐介、小林よしのり、金美齢らがパネリストとして参加した。
記念
2000年から毎年9月21日は防災日となった。
921地震教育園区(台中県霧峰郷)
エピソード
台北駐日経済文化代表處が第一勧銀白金支店に義捐金を受け付ける口座を開いていたところ、中国大使館が同じ支店に台湾側の口座名に酷似した口座を開いて義捐金を募集した。しかし、中国大使館が集めた義捐金はその後行方不明となった。[要出典]
外部リンク
⇒921地震教育園区(要Big5font)
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更新日時:2008年8月25日(月)01:35
取得日時:2008/09/04 14:59