台湾団結連盟
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中華民国台湾)の政党
台湾団結連盟
台灣團結聯盟(Taiwan Solidarity Union)
主席黄昆輝
秘書長林志嘉
成立年月日2001年8月12日
所在地
台北市中正区紹興北街3號7樓
立法院0 / 113
2008年1月)
党員・党友数約12,603
(2008年)
公式サイト ⇒台灣團結聯盟
国際組織未加盟
 ・話・編・歴 

台湾団結連盟(たいわんだんけつれんめい、:台灣團結聯盟、ピンイン:T?iw?n tu?nji? li?nm?ng)は、台湾政党主席黄昆輝(第3代)。李登輝を精神的指導者としている。

2001年、李登輝を支持する国民党台湾本土派の立法委員国会議員)が離党して結成。国家アイデンティティや対中関係では民進党と似た「台湾本土・主体性」を強調し、「台湾独立」を主張する中道右派政党と見做されていた。しかし、黄昆輝が主席になってからは、中道左派へと軸足を移し始めている。
目次

1 概要

2 歴代主席

3 関連項目

4 脚注

5 外部リンク

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概要

初代主席となった黄主文は、李登輝政権時代の内政部長(内相)。「台湾優先」を原則に、政局の安定、経済の振興、民主の強化、台湾の壮大化を掲げる。中国と台湾の関係を「中台併存」、李登輝の「国と国との関係」と認識する。また、独立か統一かという台湾の将来については、結党から2006年までは、台湾人の民主的な投票によって決定するとし、陳水扁民進党とは友党関係にあった。

結党直後に行われた2001年12月の立法委員選挙で13議席を獲得、閣外協力の形で(ただし政策協定などはないため、連立与党とはいえない)、陳水扁政権を強力にバックアップすることになった。当初は、台湾団結聯盟が国民党の支持基盤を切り崩す役割を担い、民進党との共存が図られていた。だが、2004年12月の立法委員選挙において議席の増加を果たせず、むしろ与党民進党と票を奪い合うライバル関係に変化した。また、台湾アイデンティティの追求をめぐる意見対立、あるいは選挙時には集票のため、対立関係は激化していった。

2006年12月の高雄市長選挙で同党候補が不振だったことと、民進党と国民党が統一か独立かの議論に明け暮れ、経済政策など生活に直結する問題がないがしろにされていたことを理由に、李登輝が「中道左派路線」への転換を主張し、第三勢力の結集を図った。しかしこの後、党勢は伸び悩んだ。2007年10月になって突然、有力な立法委員2人を「民進党寄り」だとして除名。ところが、この除名決定は中央執行委員25人のうち10人あまりと定足数に満たないまま、黄主席の独断で決定されたことから、党内は動揺。「中道左派」路線を打ち出して以降、党本部に反陳水扁派や統一派が出入りし、政策決定に影響を与えている事実も、党関係者から暴露され、離党する立法委員が続出している[1]。2008年2月の立法院選挙では民進党と国民党の2大政党の争いに埋没し、小選挙区及び比例代表の両方で議席を獲得できず、壊滅的な敗北を喫した(第七回中華民国立法委員選挙参照)。


歴代主席

黄主文(2001年 - 2004年)

蘇進強(2005年 - 2007年)

黄昆輝(2007年 - )


関連項目

台湾団結連盟靖国神社参拝事件


脚注^?適卓尹伶瑛促開除?幸媛 否則退黨  自由時報2007年11月7日


外部リンク

台灣團結聯盟

日本李登輝友の会

台湾団結連盟日本支部

表・話・編・歴中華民国(台湾)の政党 
全国政党泛藍連盟中国国民党 - 親民党 - 新党
泛緑連盟民主進歩党 - 台湾団結連盟
その他無党団結連盟 - 農民党
カテゴリ: 台湾の政党

更新日時:2008年8月3日(日)17:04
取得日時:2008/08/12 04:08


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki