台湾原住民
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台湾には、17世紀頃に漢民族が移民してくる以前から居住していた先住民族が存在しており、中華民国憲法により「原住民族」(ピンイン:yu?nzh?m?nzu, 英語:Indigenous Taiwanese / Taiwanese aborigine)の存在が謳われている。漢語で「先住民」と表記すると、「すでに滅んでしまった民族」という意味が生じるため、この表記は台湾では用いられていない。しかし、日本語では「原住民」が差別的な意味合いで使われてきたことを考慮し、積極的に「先住民」「先住民族」を使ったほうがよいとする考え方もある。民主進歩党政権になってから、原住民族の地位向上が推進され、2005年1月「原住民族基本法」が制定されたり、国営の原住民族テレビも2005年7月1日に正式に開局したりしている(開局時の名称は原住民テレビ)。さらに現在、民族自治区の設立にかかわる「原住民族自治区法」案の審議が進められている。
目次

1 台湾原住民族

1.1 歴史

1.2 台湾政府認定14族


2 台湾原住民族研究のなりたち

3 台湾原住民族の言語

4 台湾原住民族の風習

4.1 刺青

4.2 出草(首狩り)


5 参考文献

6 外部リンク

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台湾原住民族


歴史

台湾の先住民族は、言語・文化・習俗によって細分化されており、多くの民族集団に分かれているとされる。台湾が西欧人によって支配されていた1603年に著された『東蕃記』では、台湾原住民は一括して「東蕃」と呼ばれていた。漢民族人口が増加してきた18世紀から19世紀ころに至って、台湾島の平地に住み漢化が進んだ原住民族を「平埔番」と呼び、特に漢化が進んだ原住民族は「熟番」と呼ばれた。同時期に、漢化が進んでいない原住民族を「生番」または「高山番」と呼ぶようになった。

1871年宮古八重山の貢納船が台湾南東海岸に漂着、乗組員69人のうち、3人が溺死、54人が台湾先住民に殺害される事件が発生した。生存者には清朝からの賠償金が渡されたが、西郷従道がこの事件の報復を行い、台湾先住民は日本軍に攻撃され降伏した。

1895年から台湾の植民地支配を始めた日本は当初この分類と名称を引き継いだが(ただし、番は蕃と書くことが多くなった)、のちに「平埔蕃」を「平埔族(へいほぞく)」、「生蕃(せいばん)」を「高砂族(たかさごぞく)」と改めた。やがて日本の学者によって「平埔族」と「高砂族」を言語・文化・習俗によって民族集団に分類する試みが行われるようになった。現在行われている分類は、おおむねこの時代の研究を引き継ぐ。

1903年大阪で博覧会が開かれた際、学術人類館に台湾先住民の女性が展示された。他にアイヌ朝鮮人琉球人も展示されたが、抗議運動により人類館は一ヶ月で閉館した。

第二次大戦後、日本に代わって台湾を支配した中華民国政府は、先住民族のうち、日本人によって「高砂族」に分類された諸民族を漢語名で「高山族」または「山地同胞」「山地人」と呼称して同化・差別・抑圧政策を進めた。しかし、1980年代以降の民主化の流れの中で原住民族自身が覚醒して「原住民権利運動」を推進、中華民国政府に対してこれまでの差別・同化政策の変更を迫った結果、中華民国憲法増修条文をはじめ政府の公式文書にも「台湾原住民族」という呼称を承認させた。さらに、漢民族(「平地人」)とは別のものとして「原住民」籍(身分)を設定した。


台湾政府認定14族

サイシャット族(賽夏族)

タイヤル族(泰雅族、アタヤル族とも)

タロコ族(太魯閣族、トゥルク族とも、アタヤル族に含められることもあったセデック族の一支)

アミ族(阿美族、アミス族とも、大部分は自称を流用してパンツァハ族とも呼ばれる)

ツォウ族(鄒族)

サオ族(邵族)

ブヌン族(布農族)

プユマ族(卑南族)

ルカイ族(魯凱族)

パイワン族(排湾族)

タオ族(達悟族、雅美族(ヤミ族)とも)

クバラン族(?瑪蘭族)

サキザヤ族(撒奇莱雅族)

セデック族(賽徳克族)

これらの民族のうちサキザヤ、クバラン、サオを除く10民族は、民主化以前の中華民国政府により「高山族」「山地同胞(山胞)」とも呼ばれていた(サキザヤは以前は認定されず、クバランとサオは一般的には平埔族に分類された)。「高山族」は、蘭嶼(台湾島東南海上の島)に住むタオ族およびアミス族を除き、基本的に台湾本島の山地や山裾に居住し、人口は計40万人ほどで、台湾の総人口の2%ほどを占める。「台湾の原住民族」という言葉は、狭義には彼ら「高山族」を指す。

2001年10月に至り、サオ族が十番目の台湾原住民族として承認、2002年12月にはクバラン族の原住民籍保有者が十一番目の台湾原住民族に認定された。

2004年1月に、約10万人いるタイヤル族のうち花蓮県を中心に居住する約3万人について、以前からタイヤル族とは言語・文化を異にするセデック族の一支だとされてきたが、独自の意識が強かったことから、タロコ族として公認された。

2007年1月17日にはそれまでアミ族に含められていたサキザヤ族が独立した民族と認められた。

2008年4月に、セデック族が独立した民族と認定された。

その結果、狭義の「台湾の原住民族」は前記のように政府に認定された14民族を指す。

一方、台湾政府にいまだに原住民族として承認されていない「平埔族」と総称される先住民族は以下の諸民族である。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Smilegreen