原子論(げんしろん、atomism)は「すべての物質は非常に小さな、分割不可能な粒子(Atom、原子)で構成されている」という仮説の総称。
目次
1 ギリシャ哲学のアトム論
2 近代の原子論
3 現代の原子論
4 文献
5 外部リンク
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古代ギリシアでは、エレア派のレウキッポスやデモクリトスらが、不可分の粒子である「アトム」が物質を構成する最小単位であるというアトム論を唱えたが、受け入れられたとは言い難く、その後2000年ほどの間、大半の人々からは忘れ去られた考え方となっていた。
16世紀以降、化学が進歩し、ラボアジェ、ドルトンなどにより物質の構成要素として元素概念が提唱された。かれらの論が近代原子論の源流とされている。
だが、20世紀初頭になっても、科学者の主流派・多数派は、物質に(中間単位としてであれ)構成単位が存在するという説は疑わしいものだと見なしており、一般の人々も含めて、Atomという単位が存在するとは思っていなかった。
例えば、エルンスト・マッハやオストヴァルトなども、実証主義の立場から、"原子"なるものは観測不能であることなどを理由に原子論には反対し、エネルギー論を主張していた。そして、原子論の考え方に基づいて熱現象を試みに計算してみたものなどを論文類で発表しはじめた若者ボルツマンと激しい論争を繰り広げた。この論争は1909年、ペランによるブラウン運動の研究により、何らかの粒子の実在が確認されることによってようやく決着がついた。[1]。
この段階で発見された「ある単位」を、原子論で想定されている分割不可能な単位だと思ってしまった科学者らによって、それは「原子」と呼ばれるようになってしまった。古代以来、Atomという言葉は「不可分のもの」という表現なのであるが、上述の経緯で「原子」と呼ばれはじめたその微小単位が、その後の研究で、実はそれ自体も内部構造を持っていることが明らかになった。(つまり科学者がてっきりAtomと思い、そう呼んだものが、Atomではなかった、ということが明らかになってしまった)。
上述の、科学者らによる誤りの歴史によって、Atom「原子」という言葉は原義の「分割不可能な最小単位」という概念をすっきりと指すことができなくなってしまったため、現在ではその概念を指すためには、代わりに「素粒子」という言葉が用いられるようになっており、本来Atomism「原子論」という名称で行われるはずだった考察は「素粒子論」という名のもとで行われている。
Atomと呼ばれるようになった一中間単位の内部にその後さらに見つかった内部構造は、「陽子」「中性子」(電子)などの名前で呼ばれることになった。
さらに、その後のさまざまな研究の成果により、その陽子や中性子も内部構造を持つことが明らかになり、その内部構造は「クォーク」と呼ばれるようになった。現在では、陽子や中性子はハドロンとしてひとくくりにされている。現代物理学では、レプトンとクォークが、今のところ、発見されている最小の構成要素、つまり「素粒子」ではある。だが、それぞれが内部構造を持つか否かは、いまだに未解明である。もし、レプトンやクォークにさらに内部構造があることが発見されれば、定義により、それらはもはや「素粒子」とは呼ばれなくなる。
素粒子(基本粒子)には大きさを持たないとされており、そのような意味では物質の基本単位は粒ではなく点であるということになる。なお、超ひも理論においては全ての素粒子は有限な大きさを持つひもの振動状態であるとされる。
外部リンク
⇒(百科事典)「Ancient Atomism」 - スタンフォード哲学百科事典にある「古代の原子論」についての項目。(英語)
⇒(百科事典)「Atomism from the 17th to the 20th Century」 - スタンフォード哲学百科事典にある「近代の原子論」についての項目。(英語)
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