原 ひさ子(はら ひさこ、1909年8月6日 - 2005年12月4日)は、静岡県静岡市葵区出身の女優。本名は石島 久(いしじま ひさ)。不二高等女学校(現:静岡雙葉高等学校)卒業。旧芸名に原緋紗子、原緋沙子がある。
目次
1 略歴
2 主な出演作品
2.1 テレビドラマ
2.2 映画
2.3 CM
3 脚注
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女学校卒業後、伯父夫婦の養子となるために上京。 1938年に同じく前進座所属の俳優・石島房太郎と結婚する。
1944年に夫婦揃って東宝の専属となる。1989年には、芸団協 芸能功労者賞を受賞している。
日本の芸能界において最も長いその芸歴は70年以上。長岡輝子、北林谷栄らと並んで、芸能界最年長女優となっていた。
偶然にも誕生日が8月6日と、広島市への原子爆弾投下の日と同じである。戦後、原は原爆で亡くなった人々への追悼と、いまだに苦しむ被爆者の気持ちを考え、一生誕生日を祝わないと誓った[1]。原の思いは今村昌平監督の映画『黒い雨』に出演する事で叶う事になる[2]。
豊かな個性やさりげない存在感で作品に華を添えていたが、家族と夕食時に意識を失い、2005年12月4日21時32分、東京都内の病院へ搬送中の救急車の中で心不全のため死去。96歳の大往生だった。最期の言葉は夕食後の「ごちそうさまでした」であった。
テレビドラマ
コメットさん(1967年、TBS)
時間ですよ(1971年、TBS)
おれは男だ!第41話(1972年、日本テレビ)
太陽にほえろ!(1975年-1978年、日本テレビ)
大都会 PARTII(1978年、日本テレビ)
ゆうひが丘の総理大臣第16話(1978年、日本テレビ)
ふぞろいの林檎たちII(1985年、TBS)
ナイン(1987年、フジテレビ)
黒い雨(1989年、東映)
渡る世間は鬼ばかり第1シリーズ(1990年-1991年、TBS)
世にも奇妙な物語秋の特別篇「40年」(1991年、フジテレビ)
ひとつ屋根の下(1993年、フジテレビ)
もしも願いが叶うなら(1994年、TBS)
もうひとつの家族(1995年、NHK)
輝く季節の中で(1995年、フジテレビ)
ロングバケーション(1996年、フジテレビ)
極楽遊園地(1997年、NHK)
踊る大捜査線(1997年、フジテレビ)
オヤジぃ。(2000年、TBS)
映画
最後の帰郷(1945年)
ここに泉あり(1955年)
はつ恋(1975年)
悪魔の手毬唄(1977年)
黒い雨(1989年)
青春デンデケデケデケ(1992年)
河童(1994年)
静かな生活(1995年)
ワンダフルライフ(1999年)
生きたい(1999年)
三文役者(2000年)
サヨナラCOLOR(2004年)
老親
この「原ひさ子」は、俳優・女優に関連した書きかけ項目です。この項目を加筆、訂正などをして下さる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
脚注^ ただし、準レギュラーで出演していた『ライオンのいただきます』で、原の誕生日に番組スタッフから祝いのケーキを用意され、怪訝そうな顔をしながらも蝋燭の火を吹き消している。このことに付いて、後に出演した『徹子の部屋』の中で「私の誕生日がどんな意味を持つ日なのか解らない若い人が増えたということでしょうか。でも折角用意してくれたのに、スタッフに気の毒だから有り難く受け取りました」と回想している。
^ フジテレビ系情報番組『とくダネ』温故知人コーナーにて
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更新日時:2008年8月29日(金)06:03
取得日時:2008/09/06 21:15