南鳥島
上空から(1987年)
座標 ⇒北緯24度16分59秒
東経153度59分11秒
面積1.51km?
海岸線長6km
最高標高20m
所在海域太平洋
所属国・地域日本(東京都)
表・話・編・歴
南鳥島(みなみとりしま)は、小笠原諸島の島。本州から1,800 km離れた日本の最東端としても知られている。行政上は東京都小笠原村に属する。日本の島としては唯一日本海溝の東側にあり、日本で唯一太平洋プレート上にある。更には、日本の実効支配の及ぶ島では唯一、他の島と排他的経済水域を接していない島でもある。別名、マーカス島(マーカスとう Marcus Island )。
目次
1 概要
1.1 南鳥島飛行場
1.2 航空管制
1.3 航空保安無線施設
2 歴史
3 現在
4 その他の情報
5 関連項目
6 参考文献
7 脚注
8 外部リンク
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概要位置(図中右端)
気候
サバナ気候 (Aw)。降水量が少なく、一年を通して平均気温が20℃以上である。
地形
一辺が2 kmのほぼ正三角形の形をしている平坦な島であり、最高地点の標高は9 mしかない。
南鳥島飛行場
ICAO 4レターコード:RJAM
IATA 3レターコード:MUS
滑走路:1,371 m×45 m(05/23)
管理:防衛省
RDO
118.7 MHz, 225.4 MHz
局名種類周波数識別信号
南鳥島NDB343 kHzML
歴史
約20万年前 - 隆起して島となる。
1864年(元治元年) - 米国船(ハワイ王国の宣教師船だという説もある)モーニングスター号が来訪。マーカス島と命名する。
1879年(明治7年) - 日本人が訪れる。
1896年(明治24年)6月30日 - 水谷新六が到達、母島より46人が移住し、集落に「水谷」と命名。
1898年(明治26年)7月24日 - 「南鳥島」と命名され、東京府小笠原支庁に編入される。
1902年(明治35年) - アメリカ合衆国が領有を試みてハワイから軍艦を出航させるが、それを察知した日本も軍艦を派遣し、先に上陸して牽制。島で小競り合いが起こったが、最終的には和解して日本領が確定。
1933年(昭和8年) - 全島民が撤収、無人島になる。
1935年(昭和10年) - 海軍気象観測所開設。
1942年(昭和17年)3月4日 - 太平洋戦争中、ハルゼー中将麾下の米第16任務部隊(空母エンタープライズ旗艦)により、南鳥島は東京府内で初めて空襲を受けた。その後も1943年(昭和18年)8月31日など何度も空襲を受けた。
1943年(昭和18年)7月1日 - 東京都制施行。(東京府廃止)
1945年(昭和20年) - アメリカ軍が占領。
1952年(昭和27年) - サンフランシスコ条約によって、アメリカの正式軍政下に入る。
1968年(昭和43年) - アメリカより返還され、東京都小笠原村に属する。
一般市民の定住者はいない。気象庁(南鳥島気象観測所)、海上保安庁(南鳥島ロランC局)、海上自衛隊(南鳥島航空基地)が施設を持っており、居住者はこれら機関の職員のみである。