南燕(なんえん、398年 - 410年)は、五胡十六国時代に鮮卑慕容部の慕容徳によって建てられた国。国号は燕。
慕容徳は後燕の范陽王だったが、慕容宝が北魏に敗れると、滑台に移って燕王を称した。のちに広固に移って皇帝を称した。
南燕が東晋に攻め滅ぼされて山東半島が同国に占領された影響は大きく、東晋と三韓及び倭国との交通状況が改善されて「倭の五王」による大規模な遣使のきっかけになったとする見方もある。
南燕の皇帝
慕容徳(在位398年 - 400年) 燕王と称する。
世宗献武帝(慕容徳、在位400年 - 405年) 皇帝と称する。
北海王(慕容超、在位405年 - 410年)
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カテゴリ: 中国の歴史関連のスタブ項目 | 鮮卑 | 魏晋南北朝
更新日時:2008年8月24日(日)05:32
取得日時:2008/11/04 13:51