南洋諸島(なんようしょとう)は、西太平洋の赤道付近に広がるミクロネシアの島々のうち、かつて日本が国際連盟によって委任統治を託された、現在の北マリアナ諸島・パラオ・マーシャル諸島・ミクロネシア連邦の事を指す。日本政府は南洋群島(なんようぐんとう)と呼称した。
目次
1 年表
2 帝国主義時代以前
3 ドイツの植民地統治
4 日本の委任統治
4.1 第二次世界大戦(太平洋戦争)
5 アメリカの信託統治
6 外部リンク
7 関連項目
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年表
先史時代に人類が到達するが、文字を持たず、文明の影響を受けずに暮らしてきた。
16世紀頃にスペイン船が幾度も訪れる。
18世紀頃にスペインが領有を進める。この際、天然痘などの疫病によって多くの島民が死ぬ。
19世紀に弱体化したスペインがグアムを除いた大部分をドイツ帝国に売却する。以後、ドイツが要塞化を進める。
1914年 - 第一次世界大戦勃発。大日本帝国参戦、海軍がドイツ要塞を次々に攻略して占領する。
1918年 - ドイツ帝国が革命によって停戦。
1920年 - ヴェルサイユ条約によって、国際連盟の委任統治領として、グアムを除く赤道以北を日本に託す。以後、日本は南洋庁を置いて統治を進める。社会基盤を整備したほか、先住民に対しても日本語で学校教育も行った。また沖縄県を中心に日本人が多数移住する。南洋拓殖株式会社などが次々に殖産し、砂糖などを日本へ輸出して、貿易は黒字であった。
1935年 - 日本が国際連盟を脱退。南洋諸島を自国領に編入し、台湾・朝鮮などと同様に外地として統治を続ける。
1941年 - 9月24日パラオ放送局、放送開始(短波10kW)。12月8日太平洋戦争が勃発。
1944年 - 米軍の大攻勢が始まり、マーシャル諸島、マリアナ諸島、パラオ諸島の一部の島が米軍の占領下に置かれる。
1945年 - 日本が降伏する。
1947年 - 国際連合が信託統治として、南洋諸島の統治をアメリカに託す。以後、アメリカは日本の痕跡や農地を破壊した上で、社会基盤整備や先住民に英語で学校教育を行った。また、ビキニ環礁やエニウェトク島を核兵器の実験場にするが、多額の補助金を地方ごとに支給し、産業が無いにもかかわらず、住民の生活は(物質的には)かつて無いほど豊かになった。
1952年 - 日本国との平和条約により、日本が外地全てを放棄する。
1980年代 - 住民の民族意識が高揚し、各地で独立運動と暴動が起こる。
1986年 - マーシャル諸島とミクロネシア連邦が独立。
1994年 - パラオが独立。
この地域の考古学的研究はまだ発展途上であり、はっきりしたことはわかっていないが、文化的に見て、フィリピン周辺から直接パラオ、ヤップなどに植民したグループと、東ポリネシア方面からカロリン諸島に植民したグループがいたのではないかと推測されている。この地域の先住民の文化を最も強く特色づけているのは、シングル・アウトリガー・タイプの航海カヌーであり、彼らはこれを用いて広範な交流を行っていた。特にヤップ島はこれらの島々の中でも最も強力な権力を持ち、カロリン諸島の島々から定期的にヤップ島まで貢ぎ物を届ける航海が行われていた。ヤップ島の酋長の権力は現在も強く、カロリン諸島の島々に対しても一定の権威を保持している。
太平洋の諸島は、その領土的小ささから西洋諸国の植民地の対象にならなかったが、19世紀にドイツ帝国が領土を統一すると、出遅れていた植民地獲得競争に乗り出し、アフリカに続いて太平洋に目を向けた。そして西太平洋のほとんどを植民地とし、海軍の補給基地や要塞とした。するとイギリスやフランスもその価値に気づき、急いで獲得を進めたため、20世紀初頭までに太平洋の全域が西洋の植民地となった。
ドイツはやがて、植民地競争や領土拡大の摩擦からフランスやイギリスと対立し、1914年にセルビア人青年の銃弾によって第一次世界大戦がはじまった。