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南オセチア
Хуссар Ирыстон (オセット語)
???????? ????? (グルジア語)
Южная Осетия (ロシア語)
面積3,885km2
人口 (2000年概算)約70,000人
人口密度18人/km2
時間帯UTC +3
「南オセチア自治州/共和国」の詳細図
南オセチア(みなみオセチア)はグルジアの北部に位置するオセット人の居住地域。
目次
1 概要
2 地理
3 住民
4 歴史
4.1 ソ連時代
4.2 独立闘争
4.3 紛争調停と独立
4.4 グルジア軍による武力攻撃
5 政治
5.1 行政区分
5.2 外交
5.3 軍事
6 脚注
7 関連項目
8 外部リンク
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グルジアの行政区画でのシダカルトリ地区とその周辺だが、南オセチア「自治州」は1920年から1991年までのザカフカース・ソビエト連邦社会主義共和国及びグルジア・ソビエト社会主義共和国の時代に置かれた自治州で領域はシダカルトリ地区北半とその周辺だった。グルジア独立で「南オセチア自治州」が消滅したことにオセット人が反発して自治権を要求した南オセチア紛争で「南オセチア自治州」が再設立され、同じ領域をもって南オセチア共和国 (Республикa Хуссар Ирыстон、首都はツヒンワリ) として独立を主張し、グルジアからの分離、ロシア連邦への加入を目指している。ただし、独立は国際的には承認されていない。南オセチアと南オセチア自治州・南オセチア共和国の領域の相違は、カフカースの民族分布図と「南オセチア自治州」詳細図及びグルジアの行政区画(シダカルトリ地区)を参照。
かねてから一部地域はグルジアの支配が及ばない状態が続いていたが、2008年8月8日、グルジア軍が「州」政府支配地区に侵攻、ロシア連邦軍が反撃し、その帰属をめぐって対立状態にあったグルジアとロシアが戦争状態に入った。2008年8月26日、ロシア連邦のメドヴェージェフ大統領は、南オセチアの独立を承認する大統領令に署名した[1][2]。
地理グルジアの行政区画図に記した「南オセチア自治州/共和国」の位置。北辺はロシア連邦の北オセチア共和国と接する
カフカース山脈の南斜面に位置する。最高点はハラツァ山(海抜3,941m)。面積は3,900平方km(埼玉県とほぼ同じ)で、海抜1,000m以上の土地が国土の89.3%を占める。カフカーズ山脈により北風から守られているため、北カフカーズ地域よりも温暖である。平均気温は、1月で+4.5℃、7月で+20.3℃である。年間平均降水量は、598mm。
住民カフカースの民族分布図
住民の多くはオセチア人であり、その外、ロシア人、グルジア人、ウクライナ人、アルメニア人等もいる。人口は、1989年のデータで9万9千人だった。
主要言語は、オセチア語。現在、ロシアの北オセチア共和国に倣い、キリル文字を使用している。