十二支(じゅうにし)は、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の総称である(それぞれ音訓2通りの読み方がある:下表参照)。十干を天干というのに対して、十二支を地支(ちし)ともいう。
十二支日本語中国語朝鮮語ベトナム語
音読み訓読み
子しねz?? (ja)t?
丑ちゅううしch?u? (chuk)s?u
寅いんとらy?n? (in)d?n
卯ぼううm?o? (myo)m?o/m?o
辰しんたつch?n? (jin)th?n
巳しみs?? (sa)t?
午ごうまw?? (o)ng?
未びひつじw?i? (mi)m?i
申しんさるsh?n? (shin)th?n
酉ゆうとりy?u? (yu)d?u
戌じゅついぬx?? (sul)tu?t
亥がいいh?i? (hae)h?i
目次
1 概説
2 日本における十二支
2.1 干支(十干と十二支)
2.2 現代の十二支
2.3 古方位
3 十二生肖
3.1 ベトナム・タイなどの十二支
3.2 その他の十二支
3.3 逸話
4 十二支の相互関係
4.1 三支の相互関係
4.2 ニ支の相互関係
5 関連項目
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古代中国で考えられ、日本に伝えられた。十二支は古く殷の甲骨文では十干と組み合わされて日付を記録するのに利用されている。戦国以降、日だけでなく、年・月・時刻・方位の記述にも利用されるようになる。
戦国時代の中国天文学において天球の分割方法の一つであった十二辰は、天球を天の赤道帯に沿って東から西に十二等分したもので、この名称には十二支が当てられた。また、木星が約12年で天球を西から東に一周することから、十二次という別の天球分割法における木星の位置が年の記述に利用されていたが、十二辰の方向と順序に対しては逆方向であるため、紀元前4世紀ごろ、十二辰の方向に合わせるべく木星とは一直径を境に逆回りに天球を巡る太歳という架空の星を考え、太歳の十二辰における位置で年を示す紀年法が使われるようになった。これが後漢以後に始まり現在まで使われている干支による紀年法の起源である。
また、12という数が1年の月数と同じであることから、月を表すのにも用いられるようになった。これを月建といい、建子の月は冬至を含む月、すなわち夏暦の11月、周暦の正月である周正に置かれた。
さらに、時刻(十二時辰)や方位の表示にも用いられるようになった。正午(昼の12時)、正子(夜の12時)、子午線(南北を結ぶ線=経線)、卯酉線(東西を結ぶ線=緯線)の称はこれに由来する。
十二支の各文字は、一説に草木の成長における各相を象徴したものとされる(『漢書』律暦志)。また、各十二支には動物が割り当てられている。これを十二生肖と呼ぶが、日本では十二支という言葉自体で十二生肖を指すことが多い。元々十二支は順序を表す記号であって動物とは関係がない。なぜ動物と組み合わせられたかについては、人々が暦を覚えやすくするために、身近な動物を割り当てたという説(後漢の王充『論衡』)やバビロニア天文学の十二宮の伝播といった説がある。
十二支十二生肖十二時辰十二辰方位月五行陰陽
動物時刻天区
1子鼠23時 - 1時玄?宝瓶宮北11月水陽
2丑牛1時 - 3時星紀磨羯宮北東微北12月土陰
3寅虎3時 - 5時析木人馬宮北東微南1月木陽