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北葛飾郡(きたかつしかぐん)は、埼玉県の東部に位置する郡。人口140,902人、面積75.9km2、人口密度1,860人/km2。(2008年9月1日、推計人口)
以下の4町を含む。
栗橋町(くりはしまち)
鷲宮町(わしみやまち)
杉戸町(すぎとまち)
松伏町(まつぶしまち)
また以下の市(市の区域)はかつての同郡の一部であった。幸手市、春日部市の一部、吉川市、三郷市
これらを全て含めると概ね埼玉県内の古利根川と江戸川にはさまれた区域になる。 県内の郡の中では最大の人口を有する。
沿革
1878年(明治11年) - 郡区町村編制法の施行に伴い、葛飾郡のうち武蔵国の埼玉県に属する部分が北葛飾郡(一部は中葛飾郡)として設置される。郡役所は杉戸宿(現・杉戸町)に置かれた。(所在地は現在の杉戸町役場)
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、以下の町村が置かれる。(3町21村)
栗橋町、豊田村、静村、(現在の栗橋町)
幸手町、行幸村、上高野村、権現堂川村、吉田村、八代村(現在の幸手市)
八輪野崎村(同年中に桜田村に改称)(現在の幸手市と鷲宮町)
杉戸町、田宮村、堤郷(ていごう)村、高野村(現在の杉戸町)
幸松村、豊野村(現在の春日部市)
松伏領村(現在の松伏町)
吉川村、旭村、三輪野江村(現在の吉川市)
彦成村、早稲田村、戸ヶ崎村、八木郷村(現在の三郷市)
1896年(明治29年)3月29日 - 中葛飾郡(7村 - 豊岡村、桜井村、宝珠花村、富多村、南桜井村、川辺村、金杉村)を編入。(3町28村)
1915年(大正4年)11月1日 - 吉川村が町制施行して吉川町となった。(4町27村)
1926年(大正15年)- 郡制 (郡会・郡役所の制度)が廃止。地名の潜名として残る。
1943年(昭和18年)7月1日 - 戸ヶ崎村と八木郷村が合併して東和村となった。(4町26村)
1944年(昭和19年)4月1日 - 栗橋町、豊田村、静村が合併して栗橋町となった。(4町24村)
1949年(昭和24年)10月1日 - 栗橋町から豊田村、静村が分立した。(4町26村)
1954年(昭和29年)7月1日(4町21村)
幸松村、豊野村が南埼玉郡春日部町・豊春村・武里村と合併して春日部市が発足、郡より離脱。
宝珠花村、富多村、南桜井村、川辺村が合併して庄和村となった。
1954年(昭和29年)11月3日 - 幸手町、行幸村、上高野村、権現堂川村、吉田村が合併して幸手町となった。(4町17村)
1955年(昭和30年)1月1日 - 桜田村が分割して一部を幸手町に編入、残りは南埼玉郡鷲宮町と合併して北葛飾郡鷲宮町となった。(5町16村)
1955年(昭和30年)2月11日 - 杉戸町、田宮村、堤郷村、高野村が合併して杉戸町となった。(5町13村)
1955年(昭和30年)3月1日 - 吉川町、旭村、三輪野江村が合併して吉川町となった。(5町11村)
1955年(昭和30年)4月1日 - 八代村、豊岡村の一部が幸手町に編入された。桜井村と豊岡村の一部が合併して泉村となった。(5町9村)
1955年(昭和30年)4月20日 - 松伏領村と金杉村が合併して松伏領村となった。(5町8村)
1956年(昭和31年)4月15日 - 松伏領村が名称変更して松伏村となった。(5町8村)
1956年(昭和31年)9月30日 - 彦成村、早稲田村、東和村が合併して三郷村となった。(5町6村)
1957年(昭和32年)4月1日 - 栗橋町、豊田村、静村が合併して栗橋町となった。(5町4村)
1957年(昭和32年)7月17日 - 泉村が杉戸町に編入された。(5町3村)
1964年(昭和39年)4月1日 - 庄和村が町制施行して庄和町となった。(6町2村)
1964年(昭和39年)10月1日 - 三郷村が町制施行して三郷町となった。