北京オリンピックの開会式は、2008年8月8日午後8時 (CST) 頃から北京の北京国家体育場(通称:「鳥の巣」)で行われた。日本国内の開会式平均視聴率は37.3%(瞬間最高は48.2%)で、東京(61.2%)、ロサンゼルス(47.9%)、ミュンヘン(40.6%)に次いで歴代4位の高視聴率となった[1]。
目次
1 実施までの経緯
2 式典概要
2.1 式典のスタート
2.2 アトラクション
2.3 選手団入場
2.4 開会宣言と聖火台への点灯
3 入場順と旗手一覧
4 各国首脳の出席
4.1 出席した国家元首・首相・各地域首長の一覧
5 開会式リハーサル映像流出問題
6 関連項目
7 脚注
8 外部リンク
//
2006年、北京オリンピック組織委員会は開閉会式に関してスティーブン・スピルバーグらを芸術顧問として選定したが、2008年2月、スピルバーグはダルフール紛争に関する中国政府の姿勢に抗議して芸術顧問を辞退した。その後2008年4月、北京オリンピック組織委員会は中国人映画監督の張芸謀をチーフディレクター、振付師の張紹鋼と陳維亜をアシスタントディレクターに選定した。
式典のスタート中国国旗を運ぶ中国構成各民族の衣装を着用した子供たち
午後7時56分 (CST) に、競技場のスクリーンに古代中国の日時計の映像が現れると、照明は落とされた。その後電飾付きの『ほとぎ(缶)』と呼ばれる中国古代の打楽器2008台を用いたカウントダウンが始まった。缶は正方形であり、たたくと取り付けられたセンサーとLEDによって発光するようにできている。それを1004台ずつ碁盤上に並べ演奏者が叩き発光させる。開会1分前になると、1004台の缶からなる二つ長方形が演奏者の演奏による発光によって、まるで電光掲示板のように「60」「50」「40」「30」「20」「10」とカウントダウン。10秒前からは「10、十」「9、九」「8、八」「7、七」と算用数字と漢数字併記でカウントダウン。「1、一」が表示された直後に開会を告げる花火が打ち上げられた。その後カウントダウンをした2008人の奏者は、『ほとぎ(缶)』を打ちながら「有朋自遠方來亦不樂乎(朋有り遠方より来る。また楽しからずや「論語」「学而」)」と唱和し、万邦の賓客を歓迎した。
このあと、ワイヤーワークで飛天に扮したスタントマンが浮遊する中、競技場の床には輝く五輪マークが出現し、さらにそれが中空に向かって吊るし上げられた。
その後、9歳の少女による中国で著名な愛国歌「歌唱祖国」の独唱(実際には歌声は別人のものであった)にあわせて中国構成各民族の衣装を着用した子供たちが中国国旗を掲揚台に運び、中国国歌演奏・斉唱、中国国旗掲揚のあと、中国の歴史・発明を主要テーマとしたアトラクションが行われた。
開会式のアトラクションは3時間以上に及んだが、そのうち「美しいオリンピック」を題材にした演出は後半一時間ほどであり、その大半は中国の悠久の歴史とその中で育まれた、「特色ある文化」と「人類史に残る発明」を紹介するアトラクションが豪華絢爛に展開された。
まず、張芸謀監督は中国の数ある発明のうち「紙」に着目し、これを聖火点灯を含む開会式の軸とした。まず会場のスクリーンに紙漉きと筆作りの様子の映像を流した後に、競技場に巨大な紙の巻物(実際はLED)が登場。それが開くと、黒衣のダンサーが華麗に踊りながら紙の上に袖を筆にして「山水江山図」と題する山水画を描いた。
その後孔子の門弟に扮した3000人が現れ竹簡を「冊」にした巻物を広げ「四海之内皆兄弟也」と論語の一節を朗誦し再び全世界の人々の来訪を寿いだ。彼らが去ると、山水画は巻物から引き下がり、巻物があった床が開くと活版印刷の巨大活字群が登場した。活字一文字一文字の中に人が入って上下することで版面は海面のように波うち、その左右に金文、小篆、楷書で「和」の字が表示された。