加戸 守行(かと もりゆき、1934年9月18日 - )は日本の政治家。愛媛県知事、元文部官僚。同県八幡浜市出身。(出生は旧満州)。
目次
1 経歴
2 加戸県政
2.1 主要な施策
2.2 歴史教科書採択問題
3 その他
3.1 飲酒運転で摘発の県議の擁護発言
3.2 県立病院内での喫煙問題
4 著作
5 外部リンク
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1934年9月18日、旧関東州大連市にて出生した。 愛媛県立八幡浜高等学校を経て1957年に東京大学法学部を卒業後、旧文部省(現文部科学省)に入省。
その後、1970年7月から1974年6月まで文化庁著作権課長として著作権法施行令及び同法施行規則を制定、ベルヌ・万国両条約パリ改正会議など著作権関係国際会議に8回出席している。1983年6月、文化庁文化部長。1983年10月、文化庁次長として著作権法一部改正など5本の法案を担当・成立させた。現行の著作権法の草稿執筆者としても知られ、著作権に関しての著作もある。
1988年に同省の大臣官房長に就任。リクルート事件に連座して1989年4月に辞職し、日本芸術文化振興会理事長、日本音楽著作権協会(JASRAC)理事長などに就く。
知事就任後
1999年に愛媛県知事選に出馬、現職の伊賀貞雪を破って初当選を果たした。2003年、2007年と再選され、現在3期目。
全国の都道府県知事で唯一の旧文部省出身(2005年5月現在)であり、教育問題には特に熱心に発言している。
前任の伊賀県政が閉塞的な状況に陥っていたため、知事の交代は県民や県職員に歓迎された。ものも言えない雰囲気といわれ沈滞を極めていた状況が一変した。県民の目線で施策を進めるべしというのが信条。
財政状況はかんばしくなく、大型の「箱物」の整備は無理な状況であり、さまざまな「箱物」を手がけ、県債の山を残した伊賀県政とは明暗を分けている。
全国唯一の文部科学省出身知事として、義務教育費国庫負担金堅持が持論。だが、全国知事会の中では少数派。
(順不同)
愛媛県武道館
スポーツは前政権では優先順位が高いとはいえず、老朽に任せていた愛媛県武道館の移転新築が一気に実現したことは関係者には歓迎された。だが、手抜き工事の発覚によって皮肉にも看板施策に泥を塗られる結果となった。
えひめ丸事件への対応
知事公舎売却処分
「つくる会」教科書の採択(後述)
映画製作、フイルムコミッション設置(えひめフィルム・コミッション)
県と県内主要企業の出資によるえひめ映画製作委員会を設立し、全編愛媛ロケによる映画「船を降りたら彼女の島」(監督・磯村一路、主演・木村佳乃)を製作した。
愛と心のネットワーク
ボランティア活動の振興などを中心とした「愛と心のネットワーク」づくりを県政の柱の一つとして進めているが、県民に浸透しておらず、中身がないとの批判もある。
森林環境税導入
愛媛FCへの支援
財政再建
10億円以上の事業について、見直し・凍結・先送りの方向にて検討を進めている。2006年2月現在。
地方局再編
県内に5箇所ある地方出先機関「地方局」を、その機能を見直したうえ、3箇所に集約する方向で検討が進められているが、案が固まるのは当初予定より遅延する見通し。
2001年、2002年の県立中学(中高一貫校)、県立学校の教科書採択に際し、注目された歴史教科書について、賛否両論があるなか、「扶桑社版がベスト」と発言。県教育委員会は扶桑社版(いわゆる「つくる会」教科書)を採用。当時の県教育長も知事の意向を汲んだとの発言をしており、知事の教育への介入ではないかと議論を呼んだ。
2005年8月の採択でも、県立学校では扶桑社版を引き続き採用した。
一方、2005年夏の愛媛県下の市町村教育委員会による採択では、扶桑社版を採用する市町村は結果的に一つもなかった。この結果について、加戸知事は1990年の旧・文部省の通知を引き合いに出し、現場教員に対するアンケートや採択委員会での順位付けを重視するのではなく、教育委員会が主体性をもって決すべきとの立場から、疑問を呈する発言を行った。
2004年1月18日、愛媛県警・松山南署が行った飲酒検問で自民党・渡部浩県議(西条市選出)が飲酒運転の疑いで現行犯逮捕された。