前方後方墳
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前方後方墳(ぜんぽうこうほうふん)とは、古墳の墳形の一種であり、特に東日本の前期古墳に多く存在する。その起源は、方形の墳丘墓への通路が変化し、突出部へと代わっていき成立したと推測されている。


前方後方墳


概要

主に弥生時代後期末から前方後方墳の祖系である前方後方形墳丘墓が造られ始め古墳時代前期前半に東日本(中部・関東地方)で前方後方墳がよく造られる。西日本の前方後円墳の世界に対し、東日本は前方後方墳の世界であったと捉えることができる。政治勢力としては、西日本は邪馬台国を中心とした政治連合であり、東日本は濃尾平野の狗奴国を中心として形成された政治連合であった。しかし、東の狗奴国中心の連合は、西日本の邪馬台国連合ほど強固な連合ではなかった。この濃尾平野の勢力は、『魏志』倭人伝に記載のあるの女王卑弥呼邪馬台国と闘った狗奴国との関係が想定されている。


日本列島には約450基の前方後方墳が存在する。

愛知県尾西市西上免遺跡で発見された前方後方形墳丘墓は墳丘長約40メートルもある。

前方後方形墳丘墓から前方後方墳への成立に濃尾平野が重要な役割を果たしたと考えられている。3世紀前半の弥生時代終末期頃、東海地方では方形墓の一辺に突出状の祭壇を設ける墓が流行した。その例としては愛知県の廻間墓があげられ、祖形と考えられる。この墳形は西は京都府から東は千葉県までひろがった。

中国四国地方では、前方後方墳は82基を数える。最大は、岡山県勝田郡勝央町植月寺山古墳の91.5メートルである。分布では、山口県愛媛県にほとんど認められなく、香川県でも数が少ない。島根県松江周辺に集中してみられる。この地域と高句麗地域との関連が考えられている。

墳形様式


前方部は矩(く)形又は台形で祭礼を執り行ったと見られる。

後方部は方形で棺を埋葬する埋葬部を擁している。


主な前方後方墳

勅使塚古墳(茨城県)

丸山古墳(茨城県)

飯郷作1号墳(千葉県佐倉市)

愛宕塚古墳(栃木県)

大日塚古墳(栃木県)

駒形大塚古墳(栃木県)

那須八幡塚古墳(栃木県)

下侍塚古墳(栃木県)

元島名将軍塚古墳(群馬県)

柳田布尾山古墳(富山県)

国分尼塚古墳(石川県)

雨の宮1号墳(石川県)

小平沢古墳山梨県東八代郡中道町

弘法山古墳(長野県)

象鼻山古墳群 第1号墳(岐阜県)

高倉山古墳(岐阜県)

北山古墳(岐阜県)

南山古墳(岐阜県)

粉糠山古墳(岐阜県)

矢道高塚古墳(岐阜県)

美濃観音寺山古墳(岐阜県)

東之宮古墳(愛知県)

宇都宮古墳(愛知県)

筒之古墳(三重県)

向山古墳(三重県)

神郷亀塚古墳(滋賀県)

芝ケ原古墳(京都府)

長法寺南原古墳(京都府)

処女塚古墳(兵庫県)

西求女塚古墳(兵庫県)

西山古墳(奈良県)

新山古墳(奈良県)

金崎古墳(島根県)

岡田山古墳(島根県)

御崎山古墳(島根県)

備前車塚古墳(岡山県)

楢原寺山古墳(岡山県)

三成古墳(岡山県)


関連項目

日本の古墳一覧


この「前方後方墳」は、日本の歴史に関連した書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などして下さる協力者を求めています(P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。
カテゴリ: 日本の歴史関連のスタブ項目 | 考古学 | 日本の古墳 | 古墳時代

更新日時:2008年8月7日(木)15:19
取得日時:2008/08/23 18:24


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki