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2006年より編集・執筆に参加。このところ、メインページの新着画像の推薦・投票に凝っています。
目次
1 ととりん企画展示室 1
1.1 明治の冒険家たち
2 新着画像から
3 ととりん企画展示室 2
3.1 その他のお気に入り画像
3.2 これまでのお気に入り画像
4 サブページ
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ととりん企画展示室 1ここでは、ととりんが選んだお勧め記事を特集します(自筆記事ではなく紹介企画です)
明治の冒険家たち維新により、封建的な行動の制約から解き放たれた日本人は、国の内外を問わずさまざまな土地を訪れました。その多くは先進国である欧米へと向かいましたが、中には未知の領域へと冒険の旅に出た者も少なくなかったのです。笹森儀助
笹森儀助(ささもり ぎすけ、弘化2年1月25日(1845年3月3日) - 1915年(大正4年)9月29日)は日本の探検家、政治家、実業家。当時の日本において辺境の地であり、その実体がほとんど分かっていなかった南西諸島や千島列島を調査した他、奄美大島の島司や第2代目青森市長も務めている。また、南西諸島調査の詳細な記録である著書『南嶋探験』は、柳田國男など後の民俗学者に大きな影響を与えた。
矢島保治郎
矢島保治郎(やじま やすじろう、1882年(明治15年)8月23日 - 1963年(昭和38年)2月13日)は日本の探検家、軍人。僧侶以外の日本人として初めてチベット入りした人物であり、ダライ・ラマ13世の厚遇を受けてチベットの軍事顧問に就任した。
岩崎卓爾(いわさきたくじ、明治2年10月17日(1869年11月20日) - 昭和12年(1937年)5月2日)は日本の気象観測技術者。石垣島において気象観測を通じ台風の研究を行った一方、沖縄県八重山地方の生物や民俗、歴史に関する研究も行い、著書などを通じて、それまであまり世に知られていなかった同地を広く世に知らしめた。南方熊楠同様、当時としては珍しい地方に根を下ろした多面的文化人といえる。
玉井喜作(たまい きさく、慶応2年5月18日(1866年6月30日) - 1906年(明治39年)9月25日)は日本のジャーナリスト、教育家、冒険家。札幌農学校でドイツ語教授を務めた後にシベリアを単身横断してドイツに渡り、月刊誌『東亜(Ost-Asien)』を刊行するなどジャーナリストとして活動した。また、在留日本人の面倒をよくみたことから「私設公使」の異名をとった。
Wikipedia:メインページ新着投票所#「新しい画像」候補に上がった画像から、お気に入りの画像を紹介。説明文は投票所のものと変えてある場合があります。こちらも、自作ではなく紹介です。平福の夏景色あんぽ柿の製造風景玄宮園(彦根市)コオニヤンマ伊勢神宮で演じられた綾切(あやぎり)アイスランドの氷河湖、ヨークルスアゥルロゥン湖ベンガルワシミミズク(ミナミワシミミズク)アドリア海に面するオパティヤの景観デハビランド DH82A タイガー・モス檜洞丸の木道ケショウフグ初冬の山寺納経堂矢田寺(京都寺町)ライトアップされた興福寺五重塔偕老同穴の骨格竹富島の水牛車ツノホコリ(変形菌の一種日野誕生院シャコの尻尾アミミドロ