凱旋門賞
Prix de l'Arc de Triomphe
開催地ロンシャン競馬場
施行時期10月第1日曜日
格付けG1
賞金総額400万ユーロ(約6億4,000万円)
距離芝2400m
出走条件サラブレッド3歳以上牡馬・牝馬
負担重量3歳56kg、4歳以上59.5kg、牝馬1.5kg減
第1回
施行日1920年10月3日
凱旋門賞(がいせんもんしょう、仏:Prix de l'Arc de Triomphe)とはフランスのフランスギャロが毎年10月の第1日曜日(ロンシャンウィークエンド2日目)にロンシャン競馬場の芝2400mで施行する競馬の重賞(グループ1)競走である。略してアルクまたはアーク(Arc)と呼ばれる。
目次
1 概要
2 歴史
3 主なプレップレース
3.1 その他
4 歴代優勝馬
4.1 日本調教馬の成績
4.2 日本人騎手の成績
5 主な記録
5.1 最多勝利
6 日本におけるテレビ中継
7 注釈
8 関連項目
9 外部リンク
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1920年に第一次世界大戦後に衰退したフランス競馬再興を掲げかつての大レースであるパリ大賞典に匹敵する大レース創設を目指しパン・ヨーロッパ(欧州一)、パン・ワールド(世界一)を目標として誕生した国際競走でヨーロッパのみならず世界中のホースマンがエプソムダービーやケンタッキーダービーと並び憧れ、勝利を目標とする世界最高峰の競走の1つである。元々「凱旋門賞」という競走自体はこの30年以上前から春に敗者限定競走として行われ、この時期(10月初め)は「ナンテール賞」(Prix de Nanterre)という売却競走[1]が行われていた。そこでこの「ナンテール賞」を廃止し、「凱旋門賞」を改めて新設の国際競走として秋に施行されるようになった(後に「ナンテール賞」は春に施行される3歳限定の競走として改めて創設された)。名称を「戦勝賞」(Prix de Victoire)にしようという案もあった。
ヨーロッパでの競馬シーズンの終盤戦に開催されることでその年のヨーロッパ各地の活躍馬が一堂に会し、ヨーロッパチャンピオン決定戦の位置づけとなっている。同じような位置づけの競走でイギリスのキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスはヨーロッパ上半期のチャンピオン決定戦となっているが、凱旋門賞のほうは各国のダービーなどを勝ってきた3歳馬が参加することでより高い価値を保っている(日本に当てはめると、その年の総決算であるということで有馬記念と各国のチャンピオン級が集まるということでジャパンカップと両方を合わせたようなものと考えるとよい)。
日本でも抜群に知名度や人気の高い競走で必ずしもヨーロッパで高い評価を得られた場合でなくとも凱旋門賞の優勝馬には大きな注目が集まり、特に1986年以降は10年間で5頭が種牡馬として日本に輸入された。日本の馬が海外遠征をする場合も凱旋門賞を目指す場合が多く、日本国内で最上級の活躍をした競走馬がしばしば参戦している。2006年にディープインパクトが挑戦した際には日本の放送史上初めて、地上波での海外競馬の生中継がNHKによって行われた。
同競走の出走条件は3歳以上の牡馬・牝馬で?(せん)馬の出走が出来ない。これは同競走が繁殖馬の選定の競走と定められているため、繁殖に携わることができない?馬は出走の資格が与えられていない。
この?馬が出走できないことを理由に1999年より2005年まで存在したワールドシリーズ・レーシング・チャンピオンシップに参加できなかったが、2003年に本競走の主催元のフランスギャロや当時のスポンサーであるルシアン・バリエールの訴えにより加入できた。
負担重量は3歳牡馬は56kg、4歳以上の牡馬は59.5kg、牝馬1.5kg減と定められており(1995年以降)、3歳馬と古馬との斤量差が同時期の日本より0.5kg大きくなっている。1995年より2007年までの13年間にフランス調教の3歳馬が8勝を挙げているようにフランス調教馬が優位となっている。また3歳時に同レースで優勝し、連覇を狙って出走するも3歳馬に負けてしまう馬も少なからず存在している。そのためエルコンドルパサーが2着に敗れた際には地元メディアから「2頭チャンピオンが存在した」と評価され、ディープインパクトが3着に敗れた(後に失格)際に馬主の金子真人が同レースを3歳馬のスターをつくるためのレースであると発言した。
近年のフランス競馬の高速化に伴い好時計で優勝する事が相次いでいるが、一方で硬すぎる馬場に対する批判も少なくない。フランスの馬場はイギリスの競馬場の馬場に比べると固く、イギリスの競馬よりスピードが必要であるといわれている。そのため、イギリスのクラシックレースやキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスを制覇した馬の最後の難関とされている。