内陸国(ないりくこく)とは、周りが陸の国境に囲まれ、海がない国のことである。世界には43の内陸国がある(内陸国一覧を参照)。アフガニスタンやスイス、モンゴルやジンバブエなどは内陸国である。
内陸国と対照的な国は島国(周囲が水に囲まれる国)である。
目次
1 歴史
2 内陸国・海岸線をめぐる事情
3 二重内陸国
4 回廊
5 準内陸国
6 関連項目
7 外部リンク
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歴史的に、内陸国は不利と考えられていた。それは、内陸国は漁業などの海洋資源の利用ができないこと、および、さらに重要なことには、貿易においてかなりの割合を占める海上輸送が行えないことによる。世界中で、海岸地域は内陸部よりも裕福で、人が多く住むという傾向がある。
そのため、各国は内陸国にならないように努力してきた。
18世紀、アドリア海に面するドゥブロヴニク共和国はオスマン帝国にネウムの町を割譲した。これは、アドリア海沿岸に進出したヴェネツィアとの紛争を防ぐため、陸上の国境をなくす目的であったが、このときの国境線がボスニア・ヘルツェゴビナにまで引き継がれ、結果的にネウム付近は同国唯一の海岸となっている( ⇒参考)。
コンゴ国際協会(現コンゴ民主共和国)は、1885年のベルリン会議において、海への出口として、アンゴラを二分する細長い土地(回廊)を与えられた。
第一次世界大戦後、ポーランドは海への出口としてダンツィヒ回廊を与えられた。
ドナウ川は、内陸国であるオーストリアとハンガリーが安全に海へ出入りできるようにするために国際河川にされた。
ある国が海への出口を失うことは、ほとんどの場合、その国にとって大きな打撃となる。
ボリビアは19世紀の太平洋戦争の結果、唯一の海岸線をチリに渡すこととなった。しかし、現在でもボリビア海軍は海岸線が回復したときのためにチチカカ湖で訓練を続けている。21世紀には、ボリビアの天然ガス田から太平洋へガスを輸送するパイプラインの敷設ルートをめぐって紛争になった(ボリビアガス紛争#チリ経由かペルー経由か)。
第一次世界大戦前、ハンガリーは領内のクロアチアに憲法上の自治権を認めていたが、アドリア海沿岸のフィウメ市はハンガリー唯一の国際港として、ブダペストから派遣された総督により直接統治されていた。しかし、トリアノン条約によってクロアチアを割譲した結果、ハンガリーは海への出口を失った。
エリトリアやモンテネグロの分離運動は、残される国(エチオピア、セルビア)にとって、唯一の海岸線を失うかどうかの懸念を伴うものであった。
国連海洋法条約では、内陸国に、通行税を課されずに他国を通過して海に連絡する権利が与えられている。国際連合には、発展途上の内陸国を援助するための行動プログラムがある。
いくつかの国は、長い海岸線を有していながら、そのほとんどがすぐに使える状態になっていない。例えばロシアの数少ない港は、北極海に面し、年間のほとんどが氷に閉ざされたものであった。ロシアがバルト海、黒海、太平洋へと拡大していった主な理由は、不凍港を獲得するためであった。
いくつかの内陸国は内陸の「海」(例えばカスピ海やアラル海)に面している。しかし、これらの「海」は湖ともみなされるため、また、内陸の海と外の海との間で船舶の航行が行えないため、そのような国(カザフスタンなど)は内陸国とされる。
国境を接する全ての国が内陸国である内陸国のことを二重内陸国(doubly landlocked country)という。二重内陸国では、海に出るために少なくとも2つの国境を越えなければならない。
現在世界にある二重内陸国は、リヒテンシュタインとウズベキスタンである。しかし、リヒテンシュタインは国際河川のドナウ川を通して海に連絡しており、ウズベキスタンもカスピ海からの運河によって海につながっている。
内陸国には、海に接続するための回廊と呼ばれる陸地が与えられることがある。例えば、第一次大戦後のポーランドに与えられたダンツィヒ回廊がそうである。
しかし、回廊によって他国の領土を分断し飛地ができてしまうことがある。
ダンツィヒ回廊の場合には東プロイセンがドイツの飛地となり、第二次世界大戦開戦の原因の一つとなった。