内閣不信任案
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内閣不信任決議(ないかくふしんにんけつぎ)は国会における議決の一つである。
目次

1 概説

2 内閣信任決議

2.1 日本国憲法下での採決例


3 内閣不信任上奏

4 内閣不信任決議案・内閣信任決議案が本会議に提出された事例

5 その他

6 記録

7 関連項目

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概説

日本国憲法第69条に書かれている衆議院のみの権能で、三権分立制の中で重要な役割を担っている。
第69条
内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、10日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない

仮に同決議が衆議院において可決した場合、当該内閣は10日以内(可決当日算入)に不信任を突きつけた衆議院を解散するか、内閣総辞職をすることが憲法上義務付けられており、政権と対抗する野党にとっては最後にして最大の武器である。この絶大な効力こそ、まさに「伝家の宝刀」と言われる由縁である。

しかし、慣例として認められる一事不再議原則により同一会期中に1度しか提出できない上、議院内閣制の下では与党が議席の過半数を占めている事例が多く、可決した事例は4例と少ない。しかし、政権与党と対決色を示したい野党から国会会期末に提出されることが度々ある。また、不信任決議案の提出後に採決に掛ける前に内閣の方から解散をした事例、不信任決議案を提出されたら可決されるのが確実な政局において内閣総辞職をした事例もある。多くは、内閣が解散を実行することが確実になった段階で、野党が呼応して内閣不信任決議案を提出し、その直後に解散を宣言したものである。

一般的に採決方法は記名投票であるが、あまりにも大差であることが判明している場合は起立採決が行われる。1975年7月3日の三木内閣不信任決議案及び1982年8月18日の鈴木内閣不信任決議案の2例(いずれも起立少数で否決)がある。

また、内閣提出の予算の否決や大きな修正も、内閣は施政方針で示した政策を遂行することが不可能になるので、事実上の不信任とみなされ、内閣は総辞職または衆議院の解散をするのが慣例とされている。

参議院では、法的拘束力のない問責決議が行われることがあるが、こちらは合議体の内閣に対してでなく内閣総理大臣など個別の大臣に対するものとなっている。


内閣信任決議

内閣不信任案決議と似たようなものとして、内閣信任決議がある。内閣信任決議が否決された場合は、内閣不信任決議が可決された場合と同じ効力がある。しかし、議院内閣制での下では与党が過半数を占めている事例が多く、あえて政府が信任案を提出して決議する必要がないこと、さらに日本の場合は、国会で投票により総理大臣を指名するため、これが内閣信任決議と同じ意味をもつことから、あえて信任を決議する必要がなく、提出されることは極めて稀である。

内閣信任決議案が提出されるのは、内閣信任決議案が内閣不信任決議案に優先して審議される慣例であるため、野党から内閣不信任決議案が提出されそうなときに、与党が対抗のために提出するケースがほとんどである。あるいは国会において野党が議事妨害のひとつとして、議事の引き延ばしのために、個別の閣僚に対して不信任案を乱発することがある。その場合、閣僚の数だけ不信任案の採決を行うことが可能であるため、議事運営は引き延ばされることとなる。これに対する与党側の対抗策として、内閣信任決議を行う事がある。一事不再議原則によって信任決議可決と不信任決議案否決は同等の意味を持つため、信任決議を可決してしまえば、その会期中はもう不信任決議案を出せなくなるからである。


日本国憲法下での採決例

現在までに以下の2例のみ採決されている。

1992年PKO国会に、与党・自民党6月12日宮澤内閣信任決議案を提出し、6月14日公明党民社党の賛成を得て可決させたのが初の議決例である。

2回目は2008年6月11日に野党が多数を占めていた参議院にて福田康夫首相の問責決議が、現憲法下で初めて可決されたことの対抗策として、与党・自民党と公明党が提出し翌6月12日に可決させた。


内閣不信任上奏

大日本帝国憲法においては、内閣総理大臣及び国務大臣の任免権は天皇が有していたため、帝国議会衆議院には直接内閣不信任を決議する事は出来なかった。このため、天皇に対して現在の政府を信任していない旨について上奏を行う決議を行って天皇に善処を求めた。

上奏に法的な強制力は無かったが、帝国議会両院の上奏権が大日本帝国憲法第49条によって保障されている以上、何らかの対応を採る必要があり、結果的に時の内閣は総辞職か衆議院解散、もしくは天皇の詔勅による仲裁(事実上の政府側の譲歩)などの措置を取ることになった。


内閣不信任決議案・内閣信任決議案が本会議に提出された事例

回次本会議採決日内閣決議案採決可否票差備考
41948年 (昭和23年) 12月23日第2次吉田内閣不信任可決22713097同日憲法第69条の規定により衆議院解散
馴れ合い解散
詔書は第69条及び第7条併記
内閣不信任決議が記名投票で可決された歴代最大の票差
71950年 (昭和25年) 5月1日第3次吉田内閣不信任否決1432561132案上程、一事不再議により2案目審議不要
131952年 (昭和27年) 6月26日第3次吉田内閣不信任否決1132341212案上程、一事不再議により2案目審議不要


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki