共産主義思想
マルクス主義 ? レーニン主義
スターリン主義 ? トロツキー主義
毛沢東思想 ? ユーロコミュニズム
国際組織
コミンテルン ? コミンフォルム
第四インターナショナル
人物
マルクス ? エンゲルス
レーニン ? トロツキー
スターリン ? 毛沢東
出来事
ロシア革命 ? 大粛清
スターリン批判 ? ハンガリー動乱
中ソ対立 ? 文化大革命
プラハの春 ? 天安門事件
東欧革命 ? ソ連崩壊
表・話・編・歴
東側諸国(ひがしがわしょこく、東側、社会主義陣営、共産主義陣営、ソビエトブロックとも)とは、冷戦の間、ソビエト連邦および中央ヨーロッパ・東ヨーロッパの衛星国(ブルガリア、ルーマニア、ハンガリー、チェコスロヴァキア、東ドイツ、ポーランド、1960年代前半まではアルバニアも含む)を指して使われた言葉である。対する陣営は西側諸国。
目次
1 概要
2 東ヨーロッパの例外
3 ソ連の軍事勢力圏
3.1 ソ連の軍事勢力圏にあった国の一覧
4 関連項目
5 外部リンク
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「東側諸国」はソビエトに主導された軍事同盟・ワルシャワ条約機構の加盟国や、共産主義国家による国際間経済組織・経済相互援助会議(コメコン)の加盟国の別名としても使われた。名称の由来は、米ソがヨーロッパを東西に二分したうち、地理的に近かった東欧側をソ連が解放者の衛星国として勢力圏に置いたことに由来する。米国がマーシャル・プランにより西側諸国を経済的支配に置いたことを警戒したソ連は東欧諸国にマーシャル・プランのボイコットを呼びかけ、対抗して経済相互援助会議を創設し東西両陣営の対立は先鋭化した。ソ連に「解放」された国々では、宗主国の意向を受けた共産党が一党独裁体制を樹立し、ソ連を真似た秘密警察や強制収容所が各国に創られた。
また、1949年の段階では、中華人民共和国、北朝鮮、モンゴル、ベトナムなどアジアの社会主義諸国も東側陣営に組み込まれていた。後に南イエメン、キューバ、アンゴラなどが東側に接近したほか、第三世界の諸国の中にも東側に近寄った国があった。
ユーゴスラビアは「東側諸国」やワルシャワ条約機構加盟国になったことがない。ユーゴスラビアは共産主義国家ではあったが、チトー元帥率いるパルチザンが第二次世界大戦中にソ連軍が迫る前に独力でドイツ軍からの解放を成し遂げたため、戦後もソ連の指導力に対して何の忠誠も払わなかった。ユーゴスラビアは冷戦中、中立国であることを宣言し、非同盟運動の提唱国のひとつとなった。
スターリニズム国家のアルバニアも、第二次世界大戦の過程で政府を独力で樹立し、ソ連軍の影響からは独立した状態であった。