共同通信杯
開催地東京競馬場
施行日2008年2月11日
格付けJpnIII
1着賞金4200万円
距離芝1800m
出走条件サラブレッド系3歳(混合)(特指)
負担重量56kg、牝馬2kg減、収得賞金2000万以上は1kg増。
第1回施行日1967年2月5日
表・話・編・歴
共同通信杯(きょうどうつうしんはい)とは日本中央競馬会(JRA)が東京競馬場の芝1800mで施行する中央競馬の重賞(JpnIII)競走である。競走名は優勝杯を提供する共同通信社から冠名が取られている。現在の正式な競走名は「共同通信杯(トキノミノル記念)」である。
目次
1 概要
2 歴史
2.1 歴代優勝馬
3 関連項目
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1967年に4歳(現3歳)の別定の重賞競走東京4歳ステークスとして創設、第1回は東京競馬場の芝1400mで施行された。しかし翌年には芝1600mに変更されたが、東京競馬場の改修工事と積雪の影響で、中山競馬場のダート1700mで施行され、1969年にはトキノミノル記念の副称が付けられた。
1970年には再び積雪の影響でダート1600mで施行、翌年には現在の芝1800mに変更、1972年には流行性のインフルエンザの影響で開催順延し、福島競馬場の芝1800mで施行された。
1983年からは共同通信社から優勝杯の提供を受けた事を機に共同通信杯4歳ステークスに変更、1984年のグレード制施行によりGIIIに格付けされた。
1996年には混合・特別指定競走に指定、1998年は3度積雪の影響でグレード格付け無しのダート1600mで施行、2001年には競走馬の年齢表示の国際基準に変更により現在の「共同通信杯」に名称変更をした。
皐月賞・東京優駿(日本ダービー)といった3歳春のクラシック戦線の前哨戦のひとつとして位置づけられている。とくに日本ダービーと同じ東京コースで行われる事から、この時点まで東京コースの出走経験が無い競走馬に対し、日本ダービーの前に一度東京コースを経験させておく目的でいくつかある前哨戦の中からこの競走への出走を選択する陣営がある。
出走資格はサラ系3歳(旧4歳)以上のJRA所属の競走馬(外国産馬含む)及びJRAに認定された地方所属の競走馬。
負担重量は別定で牡馬は56キロ、牝馬は54キロを基本とし、収得賞金額2,000万円以上の競走馬は更に1キロの負担が課せられる。
総額賞金は8,050万円で1着賞金4,200万円、2着賞金1,700万円、3着賞金1,100万円、4着賞金630万円、5着賞金420万円と定められている。
歴史
1967年 - 東京競馬場の芝1400mの4歳(現3歳)以上の別定の重賞競走「東京4歳ステークス」として創設。
1968年 - 東京競馬場の改修工事及び積雪の影響で中山競馬場のダート1700mで施行。
1969年
施行距離を芝1600mに変更。
トキノミノル記念の副称が付く。
3着入線のタマモヒビキが失格。
1970年 - 積雪の影響でダート1600mで施行。
1971年 - 施行距離を芝1800mに変更。
1972年 - 流行性のインフルエンザの影響で福島競馬場の芝1800mで順延開催。
1978年 - 小島太が騎手として史上初の連覇。
1979年 - 中山競馬場の芝1800mで施行。
1983年 - 競走名を「共同通信杯4歳ステークス」に変更。
1984年 - グレード制施行によりGIIIに格付け。
1995年 - 南井克巳が騎手として2人目の連覇。
1996年
特別指定競走に指定。
混合競走に指定。
1998年 - 積雪の影響でグレード格付け無しのダート1600mで施行
2001年
馬齢表示の国際基準への変更に伴い、出走条件が「4歳」から「3歳」に変更。
競走名を「共同通信杯」に変更。
2003年 - 東京競馬場の改修工事により中山競馬場の芝1800mで施行。
2007年 - 国際セリ名簿基準委員会(ICSC)の勧告により、格付けをJpnIIIに変更。
2008年 - 2月10日に施行予定であったが、降雪の影響で東京競馬が中止。代替開催日の翌11日に施行。
回数施行日優勝馬性齢勝時計優勝騎手管理調教師
第1回1967年2月5日ホウゲツオー牡31:25.5加賀武見山岡寿恵次
第2回1968年2月18日タケシバオー牡31:44.3中野渡清一三井末太郎
第3回1969年2月9日ミノル牡31:38.1保田隆芳尾形藤吉
第4回1970年2月1日タマアラシ牡31:38.5吉永正人松山吉三郎
第5回1971年2月7日ヤシマライデン牡31:50.5伊藤正徳尾形藤吉