六条家(ろくじょうけ)は、日本の氏族(公家)。
藤原北家末茂流。
村上源氏中院流。
目次
1 六条家(藤原氏)
2 六条家(村上源氏)
2.1 系図
3 関連項目
//
六条家(ろくじょうけ)は、日本の公家。藤原北家末茂流で、四条家と同じ系統に属する。藤原氏なので「六条藤家」とも称する。平安時代後期の正三位修理大夫藤原顕季(1055年?1123年)を祖とする和歌の家である。家名は顕季の邸宅が平安京内の六条烏丸にあったことに由来する。顕季は白河天皇の乳母の息子で、長じては白河法皇の院の近臣となり、政界及び歌壇の実力者となった。顕季の子孫である藤原顕輔・藤原清輔・藤原重家らはいずれも歌人・歌学者として名をなした。しかし鎌倉時代に入ると、御子左家の興隆によって衰退し、南北朝時代に断絶した。
六条家(ろくじょうけ)は、日本の公家。村上源氏中院流の庶流で、太政大臣久我通光の5男・六条通有を始祖とする。家格は羽林家。家紋は丸に笹竜胆。
通有の子、内大臣六条有房(1251年?1319年)は後宇多天皇の近臣となり、その子の権中納言六条有忠も大覚寺統の公家として活動した。有房・有忠父子は歌人・書道家としても有名で、彼らの遺した作品は古筆家の間で重んじられている。有忠の子の六条有光は六条家で唯一人の源氏長者(奨学院・淳和院両別当)になっている。ちなみに、後醍醐天皇の忠臣として名高い千種忠顕は有忠の子(有光の兄弟)である。戦国時代に家系は一時中絶したが、冷泉家から権中納言六条有広(冷泉為純の子。1564年?1616年)が入って家を継いだ。江戸時代の家禄は265石。幕末の従一位権中納言六条有容は議奏に任じられた。明治維新後、六条有熙が子爵となった。
系図太線は実子、細線は養子。通有 ┃有房 ┣━━━┓有忠 中院光忠 ┣━━━┓有光 千種忠顕 ┃有孝 ┃有定 |有継 ┣―――┐有雄 有広 ┣━━━┓ 有清 有純 ┣━━━┓ 有和 戸田氏豊 ┣━━━┳━━━┓ 有綱 房忠 有藤 ┃ ┣━━━┓ 櫛笥隆望 有起 有栄 ┣━━━━━━━┓ 有庸 有家 ┣━━━┓ | 有福 有輝 有言 ┣━━━┓ 有容 梅渓通善 ┃ 有義 ┃ 有熙 ┃ 有直 ┃ 有康
関連項目
村上源氏
源氏長者
カテゴリ: 日本の氏族 | 公家 | 末茂流 | 村上源氏
更新日時:2008年8月16日(土)06:16
取得日時:2008/11/11 13:49