六月(ろくがつ)および東六月町(ひがしろくがつちょう)は、東京都足立区竹の塚の南側に隣接する地名。住居表示では六月一丁目から六月三丁目および東六月町が存在する。
六月・東六月町と隣接する地域は北は竹の塚および保木間、東は保塚町、南は島根・平野、西は栗原。
広義の六月は住居表示としての六月の他に、東六月町も含む。これら二つの町はかつて六月村という一つの村であったためで、本稿記事ではこの歴史的経緯を尊重し、六月、東六月町をひとつの「六月」として記述する。
目次
1 地域
2 地名の由来
3 交通
4 施設
5 史跡
6 歴史
6.1 年表
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足立区中部に位置する東西に細長い町域をした町である。六月・東六月町の境界を国道4号が南北に走り、国道以西が六月、以東が東六月町である。
東武伊勢崎線竹ノ塚駅に近く便利な土地柄であるのでマンション等が多い。町域外ではあるが、竹の塚警察署・足立北郵便局(本局)も近い。町内の炎天寺に滞在した小林一茶と、同寺の前住で文筆家の吉野孟彦師(故人)が当地の有名人である。自閉症児を扱ったヒット作、漫画『光とともに…』の舞台になっている。(作中では、七月中学校等として登場する。)
六月という珍しい地名ではあるが、由来は明らかではない。伝説には源義家が当地の土豪と苦戦の末に辛勝したのが酷暑の六月であったからという。(旧暦の六月は炎暑の候である。)
交通
国道4号(日光街道)
東京都道103号吉場安行東京線(旧日光街道)
年表
江戸時代(1603年?1867年) - 江戸幕府の直轄領となる。
1871年(明治4年)7月--日 - 廃藩置県施行。東京府小菅県の管轄となる。
1872年(明治5年)2月--日 - 大区小区制施行。東京府第五大区十八小区。
1874年(明治7年)3月--日 - 東京府第十大区六小区に改編。
1878年(明治11年)11月--日 - 東京府南足立郡六月村に改編。
1889年(明治22年)5月1日 - 市制町村制施行により保木間村・竹塚村・伊興村・六月村の4か村が統合し渕江村成立。東京府南足立郡渕江村大字六月。
1932年(昭和7年)10月1日 - 東京市編入。東京市足立区六月町。
1934年(昭和9年)--月--日 - 国道4号(日光街道)造成。町域が東西に分断される。
1936年(昭和11年)--月--日 - 東部の飛び地が六町に編入される。
1943年(昭和18年)--月--日 - 東京都制施行。東京都足立区六月町。
1967年(昭和42年)5月1日 - 六月町・島根町・竹塚町・栗原町の各一部地域に住居表示を実施し、六月一・二丁目が成立。
1971年(昭和46年)8月1日 - 六月町・栗原町の各一部に住居表示を実施し、六月三丁目が成立。
1978年(昭和53年)2月1日 - 国道4号(日光街道)以東の六月町に住居表示を失時し東六月町が成立。
表・話・編・歴足立区の町名
千住地域千住 | 千住曙町 | 千住旭町 | 千住東 | 千住大川町 | 千住河原町 | 千住寿町 | 千住桜木 | 千住関屋町 | 千住龍田町 | 千住中居町 | 千住仲町 | 千住橋戸町 | 千住緑町 | 千住宮元町 | 千住元町 | 千住柳町 | 日ノ出町 | 柳原
西新井地域扇 | 興野 | 関原 | 西新井 | 西新井本町 | 本木 | 本木北町 | 本木西町 | 本木東町 | 本木南町
梅島地域梅島 | 梅田 | 栗原 | 島根 | 中央本町 | 西新井栄町 | 一ツ家 | 平野