君主(公)の子は公子と呼ばれ、公子の子は公孫と呼ばれた。
実質上、諸侯は王族に等しく、その子弟も王子と呼んでもさしつかえはないが、建前上は列国は周王の家来であり、王は周王ただ一人であるので、諸侯は公を称し、その子弟は公子となった。
ただし、楚に限っては周王の権威を認めておらず、歴代の君主は王と称したので、その子弟は当然王子であったはずだが、周の傘下にあった諸国の文献においては公子と記されている。
戦国時代に入って周の権威が完全に失墜した後は、諸侯は次々に王を僭称したが、公式には公であったので、その子弟は相変わらず公子と呼ばれた。などして下さる協力者を求めています(P:歴史/P:歴史学/PJ歴史)。
カテゴリ: 称号 | 中国の歴史関連のスタブ項目
更新日時:2008年7月6日(日)13:47
取得日時:2008/07/22 04:20