八木・宇田アンテナ(やぎ・うだアンテナ、英語:Yagi-Uda Antenna)は、八木秀次、宇田新太郎によって開発されたアンテナの一種である。一般には八木アンテナという名称で知られている(下記の歴史的経緯を参照されたい)。
主に、テレビ放送、FM放送の受信用やアマチュア無線、業務無線の基地局用などに利用される。変わった所では、自衛隊の移動式対空ミサイル施設のレーダーのパラボラアンテナの輻射器に八木・宇田アンテナが用いられているものもある。(洞爺湖サミット開催時の、扶桑社「週刊 SPA!」の写真より)
目次
1 概要
2 歴史
3 無線のエネルギー伝達
4 脚注
5 関連項目
6 外部リンク
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概要テレビ受信用八木・宇田アンテナ(上段が VHF 用、下段が UHF 用)
広帯域化の工夫がされた八木アンテナである
(注)写真のVHFアンテナは反射器が1素子欠損してしまっている上: 5素子八木宇田アンテナ 下: スタックの種類NHK放送博物館に展示された、当時の研究用八木・宇田アンテナ機首に八木・宇田アンテナを装備しレーダーを搭載したメッサーシュミットBf110G2
一番後に反射器、その前に輻射器(給電する部品)、その前に導波器を並べた構造になっている(図を参照)。
導波器は棒状で輻射器よりも短く、反射器は同形状で輻射器よりも長い。このアンテナは指向性があり、その方向は反射器から導波器の方向になる。
今日の超短波(VHF)帯以上の実用的な構成としては、反射器は通常1素子を、導波器は複数を用いて指向性を鋭く、アンテナの利得を高くするようにしている。輻射器としては半波長ダイポールアンテナまたは折返しダイポールアンテナが用いられる。垂直偏波の場合は、スリーブアンテナやブラウンアンテナが用いられることもある。
電波を受信する際、素子数が少ないほど利得が小さく近距離受信に向いており、逆に多いほど利得が大きく遠距離受信に向いている。一般的に放送区域内の極超短波(UHFテレビ)放送受信には中距離受信用(14?20素子程度が多い、電界強度が非常に強い場合はそれより少ない素子数のものを用いる)のアンテナをアナログ放送は地上m程度の高さ、デジタル放送は地上10m程度の高さで受信、放送区域外の場合は遠距離受信用(20?30素子程度、場合によってはパラスタックアンテナ)のアンテナで受信する。
但し、素子を増やせば増やすほど素子1本追加する毎の利得の伸びは小さくなり、その反面、形状が非常に大きくなり設置が困難となるため、一般に市販されているテレビ放送受信用の場合VHFで15素子、UHFで30素子、FM放送受信用の場合10素子を越えるアンテナは存在しない。
主に放送受信用として利用されている各周波数帯用のアンテナの種類は、FM放送用(76?90MHz)・VHFローチャンネル(1?3ch)用・VHFハイチャンネル用(4?12ch)・VHFマルチチャンネル用(VHF全1?12ch)・UHFローチャンネル用(主に13?28ch)・UHFハイチャンネル用(主に25?62ch)・UHFマルチチャンネル用(UHF全13?62ch)などがある。また、VHF・UHF共用のアンテナも存在する(主に関西地方などで利用されるほか、地上アナログ放送と地上デジタル放送の受信アンテナを一本化できるため、関東地方でも立てている世帯も僅かながらある)。
送信アンテナから近く、十分に電界強度がある地域でも、素子数の多いアンテナを使う方がよいことがある。ビル街や地形などによりマルチパスが生じている場合である。素子数が多いアンテナは指向性が鋭いので、マルチパスの影響を受けにくくなるからである。指向性を鋭くするには、素子数の多いアンテナを使う以外に、スタックを組む方法もある。水平面の指向性を鋭くするには水平スタック(パラレルとも言う)を組み、垂直面の指向性を鋭くするには垂直スタックを組む。
このアンテナと非常によく似た形の位相差給電アンテナや対数周期アンテナがあるが、これらは原理が異なる別のアンテナである。
このアンテナが発明される発端は、当時八木、宇田が所属した東北帝国大学工学部電気工学科で行われていた実験にあった。実験中に電流計の針が異常な振れ方をするので原因を探求したところ、実験系の近くに置かれた金属棒の位置が関係していることが突き止められた。ここから八木、宇田によりこのアンテナの基本となる原理が発見され、教授の八木の指導の下で当時八木研究室にいた講師の宇田新太郎が実用化のための研究に取り組み、1928年に八木・宇田の連名で論文が出された。しかし、国内外の特許出願が八木の単独名で出されたため、日本国外の人々には“Yagi antenna”として知られることとなる。後述するように日本では海外からの情報により八木アンテナが注目されるようになった経緯もあって、日本国内でも八木アンテナとの名称が広まった。後年、事情を知る人達が宇田博士の功績も称えるべきと、「八木・宇田アンテナ」と呼ぶべきと主張し ⇒[1]、最近の学術書などでは八木・宇田アンテナと記述されている。宇田はその臨終に際して、自分の墓に八木・宇田アンテナを建てることを望んだ。しかし工学者冥利として自らの発明した物を記念碑的に残すといっても、墓にアンテナを建てることは奇特であるとして、遺された関係者が善後を相談した結果、墓石に八木・宇田アンテナの意匠を彫り込むことで代わりとした。
欧米の学会や軍部では、八木・宇田アンテナの指向性に注目し、これを使用してレーダーの性能を飛躍的に向上させ、陸上施設や艦船はおろか航空機にもレーダーと八木・宇田アンテナが装備された。しかし、日本の学界や軍部では敵を前にして電波を出すなど、暗闇に提灯を燈して位置を知らせるも同然と、殆ど注目されず、その存在を知る者も殆どいなかった。