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『八つ墓村』(やつはかむら)は、横溝正史著による長編推理小説。これを原作とした映画が3本、テレビドラマが6作品、漫画が5作品ある(2008年10月現在)。9度の映像化は横溝作品の中で最多。1977年の映画化の際、TVCMなどで頻繁に流された「祟りじゃ?っ!」という台詞=キャッチコピーは流行語にもなった。
目次
1 概要と解説
2 あらすじ
3 登場人物
3.1 八つ墓村
3.1.1 田治見家
3.1.2 その他
4 メディア
4.1 映画
4.2 テレビドラマ
4.3 ラジオドラマ
4.4 関連ドラマ
4.5 漫画
4.6 CD
5 外部リンク
6 関連項目
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『本陣殺人事件』(1946年)、『獄門島』(1947年)、『夜歩く』(1948年)に続く名探偵金田一耕助シリーズの第4作目。
小説『八つ墓村』は、1949年3月から1950年3月までの1年間に、雑誌『新青年』で連載、同誌休刊を経て、1950年11月から1951年1月まで雑誌『宝石』で『八つ墓村 続編』として連載された。1952年に「第5回探偵作家クラブ賞」候補にノミネートされる。
作者は、戦時下に疎開した岡山県での風土体験を元に、同県を舞台にした幾つかの作品を発表しており、研究者の間で「岡山編」と呼ばれることもある。本作は「獄門島」や「本陣殺人事件」と並び賞される「岡山編」の代表作である。また、山村の因習や祟りなどの要素を含んだスタイルは、後世のミステリー作品に多大な影響を与えた。
物語は、冒頭部分を作者が自述、それ以降を主人公の回想手記の形式で進行する。冒頭に登場する「村人32人殺し」は、岡山県で実際に起こった津山事件がモデル。村の名前も実在した近隣の地名、真庭郡八束村(現在の真庭市蒜山)が元。犯人が猟銃と日本刀で殺戮の限りを尽くすシーンは衝撃的かつ印象的で、センセーショナルな殺害シーンの多い横溝作品の中でも特に際立っている。
登場人物が非常に多く、人物相関が入り組んでいるうえ、トリックが複雑で巧妙なことから、映像化作品はいずれも大幅な改編省略を余儀なくされており、特に里村典子(さとむら のりこ)は、事実上のヒロインであるにも拘らず、1951年の松田定次監督の映画版と1996年の市川崑監督の映画版に登場する他は削除されている。
注意:以降の記述で物語・作品に関する核心部分が明かされています。
戦国時代(永禄9年=1566年)のとある小村に、尼子氏の家臣だった8人の落武者たちが財宝とともに逃げ延びてくる。最初は歓迎していた村人たちだったが、財宝と褒賞に目が眩らみ、武者達を皆殺しにしてしまう。今わの際に、武者大将は「この村を呪ってやる!末代までも祟ってやる!」と呪詛の言葉を残す。その後、村では奇妙な出来事が相次ぎ、祟りを恐れた村人たちは野ざらしになっていた武者達の遺体を手厚く葬るとともに村の守り神とした。これが「八つ墓明神」となり、いつの頃からか村は「八つ墓村」と呼ばれるようになった。
大正時代、村の旧家「田治見家」の当主・要蔵が発狂し、村人32人を惨殺するという事件が起こる。要蔵は、その昔、落ち武者達を皆殺しにした際の首謀者・田治見庄左衛門の子孫であった。
そして26年後の昭和23年、またもやこの村で謎の連続殺人事件が発生、狂った尼僧が叫ぶ。「祟りじゃ?っ!」 村は再び恐怖に支配される…
登場人物
金田一耕助(きんだいち こうすけ)
私立探偵。
寺田 辰弥(てらだ たつや)
「私」。要蔵の息子で田治見家の跡取りとして、八つ墓村に呼び戻される。
磯川 常次郎(いそかわつねじろう)
岡山県警警部。
落ち武者達の殺害の首謀者である田治見庄左衛門の子孫。東屋と呼ばれる村の分限者。資産は昭和23年(1948年)当時の金額で1億2000万円以上にも達する。
田治見 小梅(たじみ こうめ)
田治見 小竹(たじみ こたけ)
要蔵の伯母で、双子。両親を失った要蔵を育てた。
田治見 要蔵(たじみ ようぞう)
田治見家先代。26年前、妻子がありながら井川鶴子を無理矢理、自分の妾にした。辰弥の父親が亀井陽一という噂を聞いて、鶴子と辰弥に暴行。鶴子母子が家出して10日余り後、猟銃と日本刀で武装し32人を虐殺し、山の中へと姿を消した。
田治見 おきさ(たじみ おきさ)
要蔵の妻。26年前の事件で、要蔵に斬り殺された。
田治見 久弥(たじみ ひさや)
要蔵の長男で、田治見家当代。肺病を患っている。
田治見 春代(たじみ はるよ)
要蔵の長女。一度嫁いだが、子供が生めなかったため離縁され、実家に戻っている。
その他
久野 恒実(くの つねみ)
村医者で、要蔵の従兄弟。子沢山。趣味は推理小説を読むこと。