裸(はだか)とは、人間が衣服をまとわない状態を指す。裸体(らたい)とも呼ばれる。比喩表現の範疇では「生まれたままの姿」との表現がなされる場合もある。
目次
1 生活と裸
2 芸術と裸
3 スポーツと裸
3.1 格闘技
4 脚注
5 関連項目
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裸体は、ヒトの生活では普通は見られないものである。現代の諸民族は、ほとんどが何らかの衣服を着用している。原始社会や熱帯の非文明社会ではそのように見える例があるが、本当に全身に何もつけない例はまずない。いわゆる文明社会から見た場合に裸体に見えるだけである。
いわゆる文明社会では裸体は性的興奮を催させるため人前では裸になってはならないものとされる。こういった裸体否定の文化形態の根底には、宗教の関与が見られるケースも多い。逆にそれを目的に裸体となる例もある(ヌード)。
ただ、衣服をつける習慣が出来たために裸体に性的な意味付けを行っているのか、それとも裸体が性的興奮を催させるために衣服が発達したのかという問題もあり、ヌーディズムの範疇に絡んで「着衣を着ない自由」を主張する者すらいる。
この問題は日光浴が普遍的生活習慣である北欧において男女の別なく日光浴のためのトップレスは容認される社会もあれば、イスラム教など宗教に絡んで問題となることもある。この上半身の性の問題に関しては、文化摩擦を起こすケースもしばしば聞かれ、こと女性の上半身の裸に関しては、該当地域の文化性にも絡んで様々なレベルで議論があり、これはイラク戦争以降に現地人から見た国外の兵士やジャーナリストのうち、外国人の女性が襟元の開いた衣服を着て闊歩することに、不満を述べる声も出ているなどの現象も聞かれる。
なお、日本では近代に至るまで、児童が上半身はもとより下半身丸出しで水遊びに興じていても気にされない風潮すらあったが、近代以降に次第にそういった行為は避けられるようになっていった。こと20世紀末頃よりは、世界的にも児童ポルノなどの諸問題もあり、乳幼児のそれを除けばマスメディアなどで児童の裸を放送することなどが避けられるようになっている。
その一方で、自身が「服を脱ぐこと」に何らかの価値を見出す者もおり、いわゆるストリーキングのように全裸で公衆の面前で走ることで衆人の目を集めようとする者もいれば、露出狂のように性的興奮を求めて公共の場で裸になってしまう者もいる。しかし、これらの行為は公然わいせつ罪等の犯罪に問われるおそれがある。 この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。
芸術と裸裸体を題材とした美術
『洞窟のマグダラのマリア』(ジュール・ジョゼフ・ルフェーブル・1876年) この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。
裸は、芸術作品(エロティカ)としても用いられる。人間の肉体美を表現するためには、衣服は邪魔だとも考えられる。
ただし、この場合も、猥褻物との境界が曖昧で、第二次世界大戦直後の日本では、裸の被写体が静止していれば芸術作品、少しでも動いたら猥褻物との基準が存在し、ストリップ劇場では舞台に設置した額縁上のセット内に裸の女性が佇む「額縁ショー」のみが許可されていた時期がある。
芸術作品でも裸が描いてあればそれに性的興奮を催す側というのも無いとは言い切れず、青少年層にあっては本来の目的から離れ、異性の身体を見られる可能性とそこから得られるであろう性的興奮を求めてヌードデッサンに興味を示すなどという傾向も、そう珍しいことではない。
なお純粋な芸術か猥褻かという価値判断においては、日本美術界において黒田清輝の『朝妝』が話題になったことがあり、またダニエレ・ダ・ヴォルテッラのように、巨匠として後世に名を残したミケランジェロの描いた裸体に「イチジクの葉を描き込んだり腰布をまとわせる」という仕事を請け負ったため、その美術的才能を別にして変な意味で後世に名を残した画家の逸話が知られる。こと宗教画のような美術性以外の価値が存在する芸術に関しては、こういった問題も根強い。
第二次世界大戦前から戦中にかけてのドイツでは、アーリア民族はそれだけで美しく、アーリア人女性そのものが芸術であるとのプロパガンダから、ドイツ女性の裸体絵やヌード写真の撮影・出版が盛んに行われた。その一部の記録は現在でも残っている。
スポーツと裸紀元前5世紀の円盤投げ選手像
ローマ時代のコピー・ヴィッラ・アドリアーナより
スポーツでは、より限界の記録に挑むために、無駄を省いた着衣が利用される。スポーツシューズはプロユース(専門家が使う道具)ともなると、惜しげもなく新素材が導入され、また個人の足にフィットしたものも作られるし、水着ではより薄く、体にフィットしたものが利用され、競泳用水着ともなると一般の水着とは比べ物にならないくらい薄い素材が利用される。