男子ゴルフメジャー
マスターズ
全米オープン
全英オープン
全米プロゴルフ
全米オープンゴルフ(ぜんべいオープンゴルフ)は、ゴルフの世界4大メジャートーナメント大会の一。正式名称はUnited States Open Golf Championship。アメリカのゴルフ競技団体全米ゴルフ協会主催で、毎年6月中旬に開催する地区を毎年変えて実施している。
目次
1 概説
2 本選出場資格
3 記録
4 歴代優勝者
5 テレビ放送
5.1 日本
5.2 日本以外
6 外部リンク
//
この大会にはアメリカ国内の各地で1次・2次予選会があり、最終予選を通過した選手が出場資格を得られることから“オープン”と呼ばれる。地区予選会に出場するアマチュア選手のハンディキャップは「1.4以下」と定められている。彼らが世界各地の賞金ランキング上位選手や、世界ランキング上位選手たちと互角に渡り合って戦う姿は、全米オープン最大の見どころのひとつと言えよう。プロゴルファーに匹敵する力量を持ちながら、あえてプロの道を選ばずにアマチュアゴルファーの道を貫くベテランのアマチュア選手たちを見ることもできる。
全米オープンの開催コースは、大会の5年以上前から定められ、それに合わせてコース設定を調整していく。セッティングの特徴は、非常に深いラフと狭いフェアウェイであり、近年では優勝スコアをイーブンパーと想定してコースを作っている。マスターズを含む他のトーナメントが派手なバーディーの取り合いによるエンターテイメント性を否定せず、ミスはその後で取り返すことを許すのに対し、全米オープンは選手にひたすらパーを積み重ねることを要求し、落としたスコアを取り戻すのは困難を極める。メジャー大会の中でも、とりわけ選手たちの「忍耐力」が試され、「最強のゴルファー」に栄誉を与える大会と言える。それを象徴するかのように2006年、2007年と優勝スコアは5オーバーという結果であった。余りに厳しいセッティングは、選手から「ナイスショットを打ってもラフやバンカーにボールが飛び込み、フェアではない」との愚痴をこぼさせるほどである。
予選ラウンド終了時(2日目終了時)において、60位タイ以上、およびトップから10ストローク以内のプレイヤーのみが、3日目以降の決勝ラウンドに進むことができる(2008年)。
なお、72ホール(4ラウンド)終了時にトップが2人以上いた場合は、翌日月曜日に18ホールの合計ストロークで競うプレーオフを行う。(18ホールのプレーオフはこの大会のみ)18ホール終了してなお同スコアの場合はサドンデスに突入する。
第1回は1895年に開催され、途中戦争で中断された時期があった。
本選出場資格
セクショナル予選通過者
過去10年の全米オープン優勝者
前年全米アマチュア選手権の優勝者、および2位
過去5年のマスターズ優勝者
過去5年の全英オープン優勝者
過去5年の全米プロ選手権優勝者
前年全米シニアオープン優勝者
当該年ザ・プレーヤーズ選手権優勝者
前年全米オープン上位15位(タイ)の者
前年PGAツアー賞金ランキング上位30名
前年欧州PGAツアー賞金ランキング上位15名
当該年PGAツアー賞金ランキング上位10名(同大会2週間前現在)
同大会2週間前現在の世界ランキング上位50名
過去1年間のPGAツアーの複数試合優勝者
USGAエグゼクティブ・コミティーの選んだインターナショナルプレーヤー
当該年の日本ツアー賞金ランキング上位2名(ただし、世界ランキングで75位以内が条件)
過去5年のオーストラリアPGAツアーの賞金ランキング上位2名(ただし、世界ランキングで75位以内が条件)
記録
最多優勝回数:4回,ウィリー・アンダーソン(1901年,1903年,1904年,1905年),ボビー・ジョーンズ(1923年,1926年,1929年,1930年),ベン・ホーガン(1948年,1950年,1951年,1953年),ジャック・ニクラス(1962年,1967年,1972年,1980年)
最多連続優勝:3回,ウィリー・アンダーソン(1903年,1904年,1905年)
最多2位回数:4回,ボビー・ジョーンズ(1922年,1924年,1925年,1928年),サム・スニード(1937年,1947年,1949年,1953年),アーノルド・パーマー(1962年,1963年,1966年,1967年),ジャック・ニクラス(1960年,1968年,1971年,1982年)
最多トップ10回数:18回,ジャック・ニクラス