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全日空61便ハイジャック事件(JA8966機)は、1999年7月23日に発生したハイジャック事件。機長はハイジャック犯に刺され、死亡している。
目次
1 事件の概要
2 犯人
3 関連項目
4 外部リンク
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1999年7月23日午前11時23分、羽田空港発新千歳空港行きの全日本空輸61便(B747-400D)は、羽田空港を離陸した。
離陸直後、搭乗していた28歳の男が大声を上げながら立ち上がり、客室乗務員に包丁を突きつけ、コクピットへ行くよう指示。男はコクピットへ侵入した後、副操縦士らをコクピットの外へ追い出して扉を閉め、51歳の機長と2人でコクピット内に留まった。
11時25分、機長はハイジャックされたことを地上に知らせた上で、男をなだめようと試みたが、男は機長を包丁で刺し、自ら機体を操縦していた。しかし、高度を下げたことから地上接近の警告音が鳴り、危険を感じた副操縦士ら数名がコクピットへ突入して男を捕らえた。
このまま機体の降下を続けていれば八王子市南部の住宅街に墜落し、大惨事になるところであった。
結局たまたま機内に居合わせたパイロット資格を持つ人物の協力の下、副操縦士は 61便を羽田へ引き返して12時14分に緊急着陸させ、男は逮捕されたが、機長はその後、死亡が確認された。
逮捕された男はフライトシミュレーターのマニアであり「宙返りやダッチロールをしてみたかった」「レインボーブリッジの下をくぐってみたかった」 などと動機を述べた上で、「機長が言うことを聞かないので頭にきて刺した」と供述している。他にも「機長の心に向かって、疲れていませんかと問い掛けたら、疲れている、と答えたため楽にしてあげようと思い刺した」など言動が支離滅裂であることから、後の裁判では精神鑑定が行われた。
犯人は、精神科のクリニックに入院し、大量の抗統合失調症薬の投与を受けていた。彼は事件直前SSRIを大量に処方された。その内容は、プロザックを13週間分、パキシルを15週間分、エフェクソール(SNRIの一つ)を9週間分、ルボックスを2週間分、ランドセン(抗てんかん薬)を10週間分であった。
この男は、事件の一ヶ月前には羽田空港の警備の問題点を指摘する文書を当時の運輸省や全日空など6ヶ所に送っており、この時の指摘が警備状態の改善に反映されていなかったことも事件に関係している可能性がある。
男はハイジャック防止法違反(航空機強取等致死)と殺人罪、銃刀法違反の罪に問われ、2005年3月23日、東京地方裁判所(安井久治裁判長)は男に対し、無期懲役の判決を言い渡し、一審で確定した(東京地方裁判所平成17年3月23日判決・判例タイムズ1182号129頁)。判決では、「抗鬱剤」による「心神耗弱」は認められた。
犯行の手口は男が搭乗出口からハイジャック機へ進入してハイジャックしたと思われる。
関連項目
全日空「アカシア便」ハイジャック事件
全日空857便ハイジャック事件
外部リンク
⇒全日空乗員組合 全日空61便「ハイジャック事件」についての見解(速報)
カテゴリ: 編集保護中の記事 | 全日本空輸 | 平成時代の事件 | 日本のハイジャック事件 | 1999年の日本
更新日時:2007年8月9日(木)12:22
取得日時:2008/06/29 20:42