全日本学生自治会総連合(ぜんにほんがくせいじちかいそうれんごう、英 All-Japan Federation of Students' Self-Governing Associations)とは、日本の学生自治会の連合組織のことである。
略して全学連(ぜんがくれん)ということが多い。(全学連と表記した場合は、日本以外の国家にある学生自治会の連合組織を指している場合もある。)
目次
1 現在
1.1 民青系
1.2 中核派系
1.3 革マル派系
1.4 革労協現代社派系
1.5 革労協赤砦社派系
2 歴史
2.1 創立から初期の活動
2.2 日本共産党への批判と独自の活動
2.3 ブント全学連
2.4 反主流派の動向 民青系全学連の再建
2.5 全共闘の時期
2.6 内ゲバの時代へ
2.7 解放派系全学連の分裂
3 関連項目
4 外部リンク
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現在は以下5団体が「全日本学生自治会総連合(全学連)」として並存し、それぞれが全日本学生自治会総連合としての正当性を主張している。
中央執行委員の多くが日本共産党員であることなどから、一般的には民青系とされる全学連である。加盟学生自治会は180程度であるが、そのうちの多くは活動が確認できないとして代議員選出等の全学連での権利が停止されている(実質上加盟していない)という。
権利停止状態から復帰する学生自治会もある一方で、2002年(平成14年)に東京都立大学A類学生自治会が、学生大会で脱退決議が可決されたために民青系全学連から脱退するなど、脱退を選択する学生自治会もある。
中核派系とされる全学連である。
革マル派系とされる全学連である。
革労協現代社派系とされる全学連である。
革労協赤砦社派系とされる全学連である。
全日本学生自治会総連合は、1948年(昭和23年)9月に日本全国の国立、公立、私立の145大学によって結成された。初代委員長は後に新日本文学会の指導的な立場にたち、安保闘争のときに日本共産党を批判する呼びかけを行って党を除名された武井昭夫である。ついで委員長になったのは、のちに学習院大学の教員となり中曽根康弘のブレーンとなった香山健一であった。
初期の全日本学生自治会総連合は、日本共産党の強い影響の下で、反レッドパージ闘争、朝鮮戦争反対闘争、全面講和運動などを行った。この時期に全学連で活動した者には、後述する東大の山川暁夫、元西武セゾングループ総帥で作家の堤清二、後の日本共産党議長不破哲三と副委員長上田耕一郎兄弟、元桃山学院大学学長沖浦和光、東大教授の神代や戸塚秀夫、歴史学者の犬丸義一、代議士・日本社会党副委員長の高沢寅男、早大から新聞記者を経て田中角栄秘書となる早坂茂三などがいた。彼らは学生時代は全員同じ共産党員であり、早坂を除けば共産党の東大細胞(支部)に所属していた。1970年代まで、山川と早坂、堤との交流は長らく続いていたという。このことは全学連運動の当時の人間関係の密度の濃さを表している。