教育関係者に対する呼称(きょういくかんけいしゃにたいするこしょう)では、教育にかかわる人への呼称とその意味について説明する。
目次
1 各呼称
2 先生という呼称の拡大
3 先生どうしが先生と呼ぶことについて
4 関連項目
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各呼称
教育者・教育家
教育者(きょういくしゃ)または教育家(きょういくか)とは、教育を行う人のことである。教育人(きょういくじん)ともいう。特に教育に関して十分な技術や経験を持った人を指すこともある(特筆すべき教育実践のある人、新たに学校を創設した人など。)。なお、単に教育を行う職については、技術や経験があるかどうかの意味を特に含ませずに教育職と呼称されることも多い(教育職については、下記を参照。)。
先生
先生(せんせい)とは、学ぶ人に教える人のことである。その人に対する敬称としても使われる。先生の「先」は「先立って」や「率先して」、「生」は「学問を行う」や「作り出す」という意味がある。「先生」と呼ばれている代表的な職業としては次のようなものがある。
教員(教授、教官、教諭など)
教育者に準ずる者(家庭教師、塾講師、保育士、学童保育、指導員など)
政治家(国会議員、政党役員など)
芸術家(音楽家、画家、漫画家、建築家など)
文筆家(作家、評論家など)
宗教家(僧侶、牧師など)
専門職(医師、歯科医師、管理栄養士、栄養士、はり師、きゅう師、あん摩マッサージ指圧師、柔道整復師、建築士、調教師、獣医師、弁護士、司法書士、行政書士、社会保険労務士、公認会計士、税理士、など)
しかし、教育者・教育職以外に「先生」の敬称を使うことに批判的な意見がある。ただし、教育者に準ずる者など、教育要素を含む児童福祉専門職については許容する意見もある。さらに、専門職については先生と呼ばれる職種の基準が曖昧であり、専門職のという職業自体も定義が曖昧なため先生と呼ばない場合もある。時代劇などでは用心棒や剣客が「先生おねがいします」などと呼ばれる場合が多い。身内同士や同業者間の敬称に使われている場合もある[要出典]。侮蔑の意味を含んだ「センセ」や「センセイ」と解釈されることもある[要出典]。ちなみに中国語で「先生(xian sheng)」は男性に対する敬称(英語で言うMr.、?さん)なので注意が必要である。また、妻が夫を呼ぶとき「我的先生(私の夫)」と言うこともある。
教師
教師(きょうし)とは、教える人のことである。先生に類似した用語であるが、教師は、教育を担当する者以外を指すことはなく、「先生」とは異なって敬称として使われない(「○○先生」という使用例はあるが、「○○教師」という使用例はない。)。教師という用語は、「家庭教師」などのように物事を教える人全般に使われる。第一人称としては、小学校などごく年少の生徒に対する場合を除き、あまり用いられない。
教育職
教育職(きょういくしょく)とは、教育を担当する職のことである。教育職は、事務職などの職に対して、区別するときなどに主に用いられる。
教員
教員(きょういん)とは、教育を担当する一定の職のことである。教員には、通例、学校の教員、各種学校の講師など、授業を行う人が該当する。
教授・教諭
教授(きょうじゅ)、教諭(きょうゆ)は、学校教育法に定められた職名である。教授は、大学など高等教育を施す学校において、学生を教授し、その研究を指導し、または自身が研究に従事する。職位に関して、教授は「特に優れた知識、能力及び実績を有する者」、准教授は「優れた知識、能力及び実績を有する者」、助教は「知識及び能力を有する者」という(専攻分野について、教育上、研究上又は実務上の)資質の区別がある。准教授、助教の職務内容は教授と同じである。一方、講師は教授又は准教授に準ずる業務、助手は教育研究の円滑な実施に必要な業務を行うとされている。教諭は、就学前教育・初等教育・中等教育を行う学校において教育または保育を司る。教育職員免許状を受けている者のうち、現に教職についていない者をペーパー先生ということがある。
教育学者・教育学研究者
教育学者(きょういくがくしゃ)または教育学研究者(きょういくがくけんきゅうしゃ)は、学問としての教育(教育学)の理論の研究・実践指導に従事する人である。大学における教育学(または教員養成課程)の教員がまず挙げられるが、在野の教育評論家ももちろんこれに含まれる。教育人の一として考えられるが、他の分野と違い、学校現場で教鞭をとっているわけではない可能性もある。教育のセオリーを著作や論文、講義・講演などでもって伝達しているため、一般的に社会に対する影響力は大きい。
教官
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