修験道(しゅげんどう)とは、山へ籠もって厳しい修行を行う事により、様々な「験」(しるし)を得る事を目的とする神仏が融合した宗教である。修験道の実践者を修験者または山伏という。
目次
1 概要
2 修験道の主な霊山・社寺等
3 修験道の神
4 関連項目
5 参考文献
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山を神として敬う古来日本の山岳信仰と神道、仏教、道教、陰陽道などが習合して確立した日本独特の宗教である。奈良時代に成立したとされる。開祖は役行者(役小角)とされる。
平安時代ごろから盛んに信仰されるようになった。平安初期に伝来した密教との結びつきが強く、鎌倉時代後期から南北朝時代には独自の立場を確立した。密教との関係が強かったことから、仏教の一派とされることもある。
江戸幕府は,慶長十八年(1613)に修験道法度を定め,真言宗系の当山派と、天台宗系の本山派のどちらかに属さねばならないことにした。
明治元年(1868年)の神仏分離令に続き、明治5年、修験禁止令が出され、修験道は禁止された。また廃仏毀釈により関係する物などが破壊された。 修験系の講団体のなかには、明治以降、仏教色を薄めて教派神道となったものもある。御嶽教、扶桑教、実行教、丸山教などが主で、不動尊の真言や般若心経の読誦など神仏習合時代の名残も見られる。
修験道の法流は、大きく分けて真言宗系の当山派と、天台宗系の本山派に分類される。当山派は醍醐寺三宝院を開いた聖宝理源大師に端を発し、本山派は園城寺の増誉が聖護院を建立して熊野三所権現を祭ってから一派として形成されていった。真言や天台は貴族との結びつきが強いが、修験道においては一般民衆との関わりを持っていた点で、修験者(山伏)の役割は重要であった。 奈良県吉野山の金峯山寺(金峰山修験本宗)、京都市左京区の聖護院(本山修験宗)、同伏見区の醍醐寺三宝院(真言宗醍醐派)などを拠点に信仰が行われている。 また、各地の霊山を拠点とする国峰修験の流れもある。
修験道の主な霊山・社寺等
布引の滝 - 滝勝寺
瀧安寺
熊野三山
熊野本宮大社
熊野速玉大社
熊野那智大社
吉野山
出羽三山
月山
羽黒山
湯殿山
英彦山
醍醐寺(上醍醐)
園城寺(三井寺)
伽耶院
金剛山
白山
御嶽山(岐阜県・長野県)
立山
後山(道仙寺)
五流尊瀧院
伯耆大山
石鎚山
大峰山(山上ヶ岳)
犬鳴山(七宝滝寺)
剣山
雪彦山
戸隠山・飯綱山
蔵王山
恐山
求菩提山
阿蘇山
修験道は神仏習合の信仰であり、日本の神と仏教の神がともに祀られる。表現形態として、権現(神仏が仮の姿で現れた神)などの神格や王子(参詣途上で儀礼を行う場所)がある。
熊野信仰においては、三所権現・五所王子・四所宮の祭神が重要な位置を占めており、これを勧請した九十九王子が有名である。山伏と関連するため、山に関連した神格が存在することもある。
一般的に有名な所では、
蔵王権現(ざおうごんげん)
若一王子(にゃくいちおうじ)
九十九王子(くじゅうくおうじ)