信託統治(しんたくとうち)は、国際連合の信託を受けた国が、国際連合総会および、信託統治理事会による監督により、一定の非独立地域を統治する制度である。国際連盟における委任統治制度を発展させて継承したもの。
国際連合の信託を受けて統治を行う国は施政権者という。施政権者は、1ヶ国の場合が多いが2ヶ国以上の共同でもよい。また、国際連合自身が施政権者となることも認められている。しかし、まだ実例はない。
目次
1 信託統治地域
1.1 西カメルーン
1.2 東カメルーン
1.3 ソマリランド
1.4 タンガニーカ
1.5 西トーゴランド
1.6 東トーゴランド
1.7 ルアンダ・ウルンジ
1.8 ナウル
1.9 ニューギニア
1.10 西サモア
1.11 太平洋諸島
2 委任統治との相違
3 関連項目
4 外部リンク
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信託統治制度が適用される地域は、信託統治地域または、信託統治領という。信託統治地域は以下の 3 つの類型がある。
国際連合憲章の発効時、(1945年10月24日)において委任統治されている地域。
第二次世界大戦の結果、敗戦国から分離される地域。実例は、旧イタリア領のソマリランドのみ。
海外領土を有する国が自発的に信託統治制度に移行させた地域。実例なし。
以下の 11 地域が信託統治地域とされた。括弧内が施政権者である。1994年10月のパラオ独立を最後に信託統治領は存在しない。
西カメルーン(イギリス)
東カメルーン(フランス)
ソマリランド(イタリア)
タンガニーカ(イギリス)
西トーゴランド(イギリス)
東トーゴランド(フランス)
ルアンダ・ウルンジ(ベルギー)
西サモア(ニュージーランド)
太平洋諸島(アメリカ合衆国)
ナウル(イギリス、オーストラリア、ニュージーランド)
ニューギニア(オーストラリア)
委任統治領は、原則として全て信託統治領に移行したが2つの例外がある。1つは、南アフリカ共和国が受任国となっていた旧ドイツ領南西アフリカ(現在のナミビア)である。
南アフリカは、信託統治への移行を拒絶し、委任統治制度も国際連盟の解散により消滅したものとして南西アフリカを植民地として扱った。これに対して、1960年に国際連合総会は、委任統治の継続を認定した上でその終了を決議する。1968年には、国際連合ナミビア委員会の統治下におく旨を決議した。しかし、南アフリカは、ナミビアが1990年に独立するまで占領を続けていた。
もう1つは、イギリスが受任国となっていた旧オスマン・トルコ領パレスチナである。ユダヤ人とアラブ人に対する二枚舌外交が第二次世界大戦後に破綻してイギリスに対するテロ攻撃が激化したために、イギリスはパレスチナの統治を断念してこれを国際連合に委ねた(パレスチナ問題)。このため、パレスチナは信託統治に移行しなかった。イギリスの委任統治の期限切れとなる1948年5月14日に、国際連合決議に従ってイスラエルが建国を宣言。その結果、第一次中東戦争が勃発した。
施政権者はイギリス。委任統治前はドイツ領。住民投票の結果、北部(北カメルーン)は、1961年6月1日に西隣りのナイジェリアに編入。南部(南カメルーン)は、同年10月1日に東隣りのカメルーン(カメルーン共和国)に編入した。
施政権者はフランス。委任統治前はドイツ領。1960年1月1日に独立してカメルーン共和国となる。1961年にイギリス信託統治領の南カメルーンと合併してカメルーン連邦共和国となるが、1972年に連邦制を廃止して1984年にカメルーン共和国に改称した。
イタリア領ソマリランドは、イタリアの施政権による植民地であった。第二次世界大戦に敗れたため、信託統治領への移行を余儀なくされた。なお、他のイタリアの植民地は、エリトリアがイギリス領に、リビアが英仏共同統治領になり、エチオピアは1941年に独立を回復した。イタリア信託統治領のソマリランドは、1960年7月1日に独立して北西に位置するイギリス保護領(同年6月26日独立)と共にソマリア共和国となった。