佐藤榮作
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この項目では日本の政治家の佐藤栄作について記述しています。前福島県知事については佐藤栄佐久を、福岡県在住の気象予報士については佐藤栄作 (気象予報士)をご覧ください。

佐藤 榮作 (さとう えいさく)

616263
日本国 内閣総理大臣
在任期間1964年11月9日
 - 1972年7月7日

生年月日1901年(明治34年)3月27日
出生地山口県熊毛郡田布施町
出身校東京帝国大学
学位・資格・称号従一位大勲位
法学士
ノーベル平和賞
前職衆議院議員
世襲の有無家族・親族関係参照
選挙区旧山口2区(現在はない)
当選回数衆10回
党派自由民主党
没年月日1975年6月3日

ノーベル賞受賞者
受賞年: 1974年
受賞部門: ノーベル平和賞
受賞理由: 非核三原則の提唱

佐藤 栄作(佐藤榮作、さとう えいさく、1901年明治34年)3月27日 - 1975年昭和50年)6月3日)は、日本鉄道官僚政治家。第61、62、63代内閣総理大臣

ノーベル平和賞受賞。従一位大勲位衆議院議員永年在職表彰受彰。戸籍上の表記は旧字体の「榮作」。自由民主党史上唯一4選された総裁。総理大臣在任期間は歴代総理中第二位で、連続在任期間は歴代総理中最長の7年8ヶ月。元首相岸信介は実兄。元首相吉田茂は遠縁の姻戚。1900年代生まれでは初の首相経験者である。
目次

1 生涯

1.1 生い立ち

1.2 政歴

1.3 内閣総理大臣就任


2 年譜

3 栄典

4 家族・親族

5 系譜

6 人物像

7 語録

8 参考文献

9 関連メモ

10 関連人物

11 関連項目

12 脚注

13 外部リンク

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生涯


生い立ち

現在の山口県熊毛郡田布施町酒造業・佐藤秀助、茂世(もよ)の三男として生まれた。父・秀助は山口県庁に奉職したが、1898年頃、勤めを辞め、酒造業を始めた。栄作は父について「父は非常に勉強好きな人で、寡黙な人だった。私があまり口をきかないのも、性質が父親に似たせいだろう」と述べている[1]佐藤市郎海軍中将岸信介首相は実兄。地元の人たちは佐藤家の市郎・信介・栄作の兄弟について「頭は上から、度胸は下から」と評している[2]。兄の岸信介も同じようなこと(「頭は上から、政治力は下から」)と述べている。

1907年小学校に入学した。小学校のころのあだ名は色が黒かったため“ごぼう”。佐藤家の坊ちゃんとして一目おかれる存在で“栄だんさま”(旦那の意)とよばれた。小鳥を追ったり、とりをしたりと、自然児であった[3]。又、村人が佐藤家の者と道で会うと「お許しなさいませ」と挨拶し、佐藤家の子が川で水遊びをしていると無礼のないように避けて通ったという話もある[4]

高等学校受験の際、名古屋の下宿で偶然に池田勇人(後に首相)と同じ宿に泊まり合わせた。池田は広島の忠海中学3人、佐藤は山口中学2人の計5人で試験場に通った。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki