佐々 淳行(さっさ あつゆき、1930年12月11日 - )は、日本の警察官僚出身の国家危機管理のエキスパートである。
東大安田講堂事件やあさま山荘事件など歴史に残る事件をはじめ、数々の事件を担当、指揮し、要人の警備担当責任者として抜擢され、元防衛施設庁長官や初代内閣安全保障室長など数々の要職を務めあげ、各国の重要人物とも太いパイプを持っている。
目次
1 渾名
2 受賞・受章歴
3 系譜
4 年譜
5 経歴
5.1 生い立ち
5.2 警察官僚として
5.3 初代内閣安全保障室長
5.3.1 大島三原山噴火事件
5.4 退官後
5.5 現在
6 著書
7 参考文献
8 関連項目
9 脚注
10 外部リンク
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渾名
事件を呼ぶ男
さすらいのガンマン
ダーティー・ハリー(ダーティハリーより)
縦社会を横に生きた男
血刀下げて裸馬に乗って単身敵陣に斬り込んでいく奴(後藤田正晴による)
"軍師"(石原慎太郎三選の都知事選挙で選挙対策本部長を務めた際の週刊誌評)
受賞・受章歴
1975年イギリスCBE勲章(大英勲章=コマンダー・オブ・ブリティッシュ・エンパイア)受章
1986年 アメリカ陸軍民間人功労章(U・S・ミリタリー・アウトスタンディング・シビリアン・サービス・メダル)受章
1990年西ドイツ功労十字章(ダス・グローセ・フェアディーンスト・クロイツ)受章
1993年 第54回文芸春秋読者賞受賞
2000年 第48回菊池寛賞受賞
2001年 勲二等旭日重光章受章
戦国武将の佐々成政の実姉が祖先であると伝えられ、時代劇『水戸黄門』でおなじみの助さんのモデルとなった佐々宗淳の兄佐々勝朗を祖先に持つ。母方の祖先は和田義盛と伝えられ、母は和田万吉の娘。佐々淳行は佐々弘雄の次男で佐々友房の孫にあたる。また日本婦人有権者同盟代表で元参議院議員の紀平悌子は実姉。佐々家には、幾振かの家伝の名刀が伝わっており、そのうち「虎徹」の一振りを、浅間山荘事件で苦労を分かち合い盟友となった、指揮下の機動隊長に贈った。
1930年
12月11日 東京都麻布材木町で生まれる
1954年
3月 東京大学法学部政治学科卒業
4月 警察庁入庁
10月 目黒警察署警部補
1955年
10月 警視庁防犯部保安課
1957年
8月 警察庁警備部警備第一課。埼玉県警本部査察官
1959年
7月 大分県警察本部警務部長
11月 関東管区警察局警務課調査官
1960年
7月 警視庁外事課長代理(第一次安保闘争末期警備に従事)
1961年
8月 アナスタス・ミコヤンソ連第一副首相来日警備
1962年
4月 大阪府警察本部外事課長
1964年
1月 警察庁警備局警備第一課付。ケネディ大統領暗殺事件調査のため渡米
1965年
1月 在香港日本国総領事館副領事
4月 在香港日本国総領事館領事
1967年
5月 香港暴動、領事として在留邦人保護を担当
1968年
1月 ベトナム出張でサイゴン滞在中、テト攻勢に遭遇。臨時一等書記官として在留邦人保護にあたる
7月 警視庁公安部外事第一課長
11月 警視庁警備部警備第一課長
1969年
1月 東大安田講堂事件処理。第二次安保闘争の対応に従事