伴健岑
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伴 健岑(とも の こわみね、生没年不詳)は、平安時代初期の官人。大伴氏の一族。

淳和天皇の皇子で仁明天皇の皇太子恒貞親王の春宮帯刀舎人(たちはきのとねり)であったが、842年(承和2年)嵯峨上皇が重病である間に謀反を企てたとして、上皇の没後、橘逸勢とともにとらえられた(いわゆる承和の変)。その結果、恒貞親王は皇太子を廃され、道康親王(後の文徳天皇)が皇太子に立てられることとなり、健岑は隠岐国に配流となった。865年(貞観7年)恩赦によって京に戻る予定だったが、直前になって勅命により出雲国へ左遷された(詳細は不詳)。

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カテゴリ: 日本の歴史関連のスタブ項目 | 人物関連のスタブ項目 | 平安時代の人物 | 大伴氏

更新日時:2006年8月25日(金)15:33
取得日時:2008/08/29 16:21


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki