仙台育英学園高等学校(せんだいいくえいがくえんこうとうがっこう)は、宮城県に所在する、学校法人仙台育英学園が運営する私立の高等学校である。学校法人仙台育英学園は東北地区で初の中等教育学校である秀光中等教育学校も設置している。
目次
1 概要
2 沿革
3 設置コース
4 名称変更・統合されたコース
5 交通アクセス
5.1 宮城野キャンパス
5.2 多賀城キャンパス
6 その他
6.1 受験料肩代わり問題
6.2 冊子「虚妄の学園」
6.3 硬式野球部員における活動自粛
6.4 暴走RV車の危険運転による交通事故の追悼
7 主な関連人物
7.1 卒業生
7.2 関係者
8 関連項目
9 外部リンク
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校舎は仙台市宮城野区の宮城野キャンパスと及び多賀城市の多賀城キャンパスの2つで、コース及び部活によって、2つのキャンパスのうち、いずれかに所属することになる。スポーツが盛んで、東北高等学校と並ぶ甲子園常連校として、特に知られている。(宮城県内の高校野球は、ここ20年近くこの2校による寡占状態が続いている)また、大学進学指導にも力を入れており毎年1000名以上の大学合格者を輩出している。
1989年には夏の甲子園で準優勝(優勝校は東京都の帝京高等学校)、2001年には春の甲子園で準優勝(優勝校は茨城県の常総学院高等学校)を果たし、高校野球における「白河越え」の悲願成就に最も近い高校として地元の期待を集めていたが、2004年の夏大会で駒澤大学附属苫小牧高等学校(北海道)に先を越され、果たせなかった。なお、軟式野球部は第47回全国高等学校軟式野球選手権大会で優勝を果たしている。また、陸上長距離や駅伝の強豪校として知られ、全国高校駅伝優勝回数は6回を数える。
学生服は、男子はブレザー、女子は全国的にも珍しい濃緑のブレザー・スカートで、襟元に赤いリボンをあしらったものである。
なお、前橋育英高等学校、奈良育英高等学校、育英高等学校(兵庫育英)、鳥取県立鳥取中央育英高等学校との関連や交流などはない。
沿革
1905年(明治38年) - 加藤利吉、育英塾を設立する。
1913年(大正2年) - 仙台育英学校へ移行。東北高等予備学校併設。
1922年(大正11年) - 私立仙台育英中学校開校。創立者加藤利吉が校長に就任する。外記丁校舎。
1930年(昭和5年) - 現在の校歌制定。
1948年(昭和23年) - 財団法人仙台育英学園設立認可。学制改革により私立仙台育英高等学校開校。私立仙台育英中学校を併設。
1949年(昭和24年) - 発祥地、外記丁校舎が仙台大空襲にて焼失。宮城野原に新築校舎第一期工事落成移 転。
1951年(昭和26年) - 学校法人仙台育英学園設立認可。加藤利吉が理事長に就任。
1955年(昭和30年) - 仙台育英高等学校、仙台育英商業高等学校併設。
1956年(昭和31年) - 仙台育英中学校閉校。
1962年(昭和37年) - 仙台育英高等学校・仙台育英商業高等学校とを併合。