仏教
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仏教公伝(ぶっきょうこうでん)とは、国家間の公的な交渉として仏教が伝えられることをいう。日本においては6世紀半ばの欽明天皇期、百済から倭(古代日本)への仏教公伝のことを指すのが一般的であり、この項でもそれについて説明する。単に仏教伝来と呼ぶこともあるが、後述のごとく公伝以前に、すでに私的な信仰としては伝来していたと考えられるため、「公伝」と称されることが多い。
目次
1 公伝以前の状況
1.1 朝鮮三国における仏教受容
1.2 渡来人による私的崇拝
1.3 仏教公伝と当時の国際環境
2 公伝年代をめぐる諸説
2.1 552年(壬申)説
2.2 538年(戊午)説
2.3 主要二説をめぐる諸論
2.4 その他の諸説
3 受容の推移
3.1 蕃神・今来神
3.2 崇仏論争
3.3 その後の受容状況
4 関連項目
5 外部リンク
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北インドの地で生まれた世界宗教としての仏教は、主として東南アジア方面(クメール王朝、シュリーヴィジャヤ王国)に伝播した上座部仏教(南伝仏教)と、西域(中央アジア)を経由して中国から朝鮮半島などへ広がった大乗仏教(北伝仏教)に分かれる。古代の倭に伝えられたのは後者の流れである。中国において紀元1世紀頃に伝えられた仏教は、原始インド仏教の忠実な継承にこだわることなく、戒律や教義解釈などで独自の発展を遂げた。特に4世紀における鳩摩羅什(クマーラジーヴァ)の翻訳による漢訳仏典の充実は、漢字を共通の国際文字として使用する周辺諸国への北伝仏教の拡大に大きな影響を及ぼすこととなった。南北朝時代には三論宗・成実宗などの経学が流行し、これらの流れがさらに東へ伝播していく。北魏の孝文帝や「皇帝菩薩」と称された梁の武帝など、仏教拡大に熱心な皇帝も現れ、周辺諸国への普及も加速した。
古代、三国に分かれていた朝鮮半島においては、それぞれ各個に仏教が公伝された。最も北にあり、中国に近かった高句麗へは早くも372年、小獣林王の時代に前秦から伝えられたとされる。375年には肖門寺・伊弗蘭寺などが建立された。
倭と盟友関係となる百済では、これより若干遅れて、384年に枕流王が東晋から高僧の摩羅難陀を招来し、392年には阿?王(阿華王)が仏教を信仰せよとの命を国内に布告している。