人権(じんけん)とは、人の権利。通常は基本権や基本的人権 (fundamental human rights) と同義のものとしてとらえられる。ただし、基本権という場合とは違い、他人から与えられたのではなく生来的に有するものであるというニュアンスで語られることが日本では多い。
目次
1 概要
2 世界人権宣言
3 国際人権規約
4 日本における人権
5 基本的人権
5.1 日本国憲法での基本的人権
5.1.1 主な基本的人権
5.1.2 最高法規
6 新しい人権
7 人権侵害
7.1 公権力による人権侵害
7.2 マスメディアによる人権侵害
7.3 企業の人権侵害
7.4 病院・施設の人権侵害
7.5 地域社会における人権侵害
8 関連法令・関連項目
9 外部リンク
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ホッブズの最初に唱えた社会契約説によれば聖書に記述されている楽園(原始社会)においても(自然に)存在した権利である生命権と自由権が自然権とされる。このような平和な無国家状態も人口の拡大とともに紛争が必然となる。この混乱を避けるために個人は国家主権(国王)に対して自然権を完全に放棄し絶対王政の国家を確立すべきであると主張された。これに反発したロックの社会契約説によれば個人は人権を守るために人権を国家に委託するのであって国家が人権を侵害する正当性はそれに属する個人の人権や私権を保護するために存在するとされた。よって人権を不必要に侵害する暴政に対して人民は革命の権利を有すると主張された。ちなみにロックは原始社会にも個人所有が存在したと主張し、財産権を生命権と自由権に次ぐ自然権とした。これが、彼が経済自由主義の始祖とされる理由である。ホッブズが最初に提起した自然権と社会契約説がその後の欧米政治思想の基本となったため、人権は現時点での法哲学の論争の淵源であるといえる。
人権の観念の成立後も国家によって人権が侵害されたことは歴史的事実であるが、国家による人権の侵害がどの程度において許容されるかはいまだ解決されていない論争である。多くの人権侵害、場合によっては大量虐殺が国家の維持あるいは全国民の名のもとに行われたのは事実である。日本国憲法においては人権の維持に不断の努力を要するとする。しかし人権は法律上「生来」のものとされているが「絶対」のものとはされていない。ロックなどの自由主義が最初に主張されたときから権利を守るための権利の侵害は正当化されており、ロックやミルあるいはカントなどの代表的な自由主義者・人権論者が死刑あるいは戦争を条件付で肯定した理由がそれである。日本国憲法においても人権侵害は公共の福祉の元に正当化されており、この場合の境界は司法の判断に任されている。
かつては、人権の根拠は自然法つまり神に求められていた。しかし、世俗主義の民主主義国家において特に日本においては人権そのものが根拠・命題と自然法論では主張される(トートロジー)。これが日本においては個人の尊厳に求められる。日本国憲法第13条の「個人の尊厳」は、この意味に解される。この場合人権の観念は憲法も含めた法律の上に位置付けられると言う法学者が多い。 一方で法実証論においては人権の根拠は単純に法律(殆どの国では憲法)にあるとされる。
1948年12月10日、国際連合は、世界人権宣言を採択して宣言した。これは、国際社会に於ける人権の基本原則を定義しており、加盟国に対して人権の基準の雛形を提示している。強制力は無いが無視できない宣言である。
外務省の「世界人権宣言」(仮訳文)より
第5条
何人も、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは屈辱的な取扱若しくは刑罰を受けることはない。
第29条
すべて人は、その人格の自由かつ完全な発展がその中にあってのみ可能である社会に対して義務を負う。
すべて人は、自己の権利及び自由を行使するに当っては、他人の権利及び自由の正当な承認及び尊重を保障すること並びに民主的社会における道徳、公の秩序及び一般の福祉の正当な要求を満たすことをもっぱら目的として法律によって定められた制限にのみ服する。
これらの権利及び自由は、いかなる場合にも、国際連合の目的及び原則に反して行使してはならない。
1966年12月16日に、前項の世界人権宣言を強化するため国際連合は国際人権規約を採択した。規約詳細は該当項を参照のこと。
日本においては、人権は日本国憲法の柱の一つであり、「国民の権利」として保障している。
人権に関する法律の整備の基本的な部分は、主に内閣府と法務省が担当しており、法務省の人権擁護局がその中心となっているほか、必要に応じて担当する省庁が法律を整備している。「濫用してはならず、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」と規定している。