人の始期
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人の始期(ひとのしき)は、出生の厳密な時期、人間がいつ誕生したことにするかをめぐる法的な議論。人間は各種の権利の主体となるが、どの時点で人間として処遇し権利の主体として認めるのが相当であるかについては、さまざまな議論がある。
目次

1 出生の意義・効果

2 主たる学説

2.1 独立生存可能性説

2.2 出産開始説(分娩開始説、陣痛開始説)

2.3 一部露出説

2.4 全部露出説

2.5 独立呼吸説

2.6 出生説(あるいは、社会的評価説)


3 人の始期の前後による法的な影響

3.1 刑法における「人の始期」

3.2 民法における「人の始期」


4 人の始期に関する各国の法制

5 関連項目

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出生の意義・効果

出生することによって、人(自然人)は権利の主体であることができる地位を得る。刑法的には、「人」として法律の厚い保護を受けることができるようになり、また民法上は私権を享有する立場を得る。

日本では、民法が第3条に、規定を置いている。民法 第3条第1項 私権の享有は、出生に始まる。

どういう状況を「出生」と定義し人としての始期とするかについて、日本の法律は、特に明確な定義をしていない。そのため、どの時点で人として扱われるようになるかについては、学説に頼ることになる(次節で詳説)。


主たる学説

人の始期をめぐる学説としては、様々な見解が唱えられている。


独立生存可能性説

独立生存可能性説は、主に合法とされる妊娠中絶との関係に重点を置く視点から主張される説であり、母体外において独立して生命を保続できる状態になった時点を「人の始期」とする見解である。日本においては、人工妊娠中絶の定義として「胎児が、母体外において、生命を保続することのできない時期に、人工的に、胎児及びその附属物を母体外に排出すること」との規定がある(母体保護法2条2項)点に着目して主張される。


出産開始説(分娩開始説、陣痛開始説)

出産開始説(分娩開始説、陣痛開始説)とは、出産が開始した時点又は開口陣痛が開始した時点を「人の始期」とする説である。1998年に改正される前のドイツ刑法には、殺人罪とは別に嬰児殺に関する規定があり、「出産中又は出産の直後」(in oder gleich nach der Geburt) という要件があったため、かつてのドイツ刑法学における通説とされていた。


一部露出説

一部露出説は、「胎児の身体が母体の外から見えた時点(一部が露出した時点)」を、法的な「人の始期」とする説である(日本での刑法分野における判例(→通説と判例))。一部でも母体外に出れば、母体とは無関係に直接の攻撃が可能であることを理由とする。この見解に対しては、母体の内外を問わず攻撃が可能であること、直接・間接を問題にする意義が不明であること、侵害可能性が客体の性質を決定するのは背理であること等を根拠とした批判がなされている。


全部露出説

全部露出説は、「胎児の身体が母体から全部露出した時点」を、法的な「人の始期」とする説である(日本での民法分野における通説(→通説と判例))。


独立呼吸説

独立呼吸説は、胎盤呼吸から肺呼吸に移行した時点を「人の始期」とする説であり、母体外における人の独立性に重点を置く視点から主張される。


出生説(あるいは、社会的評価説)

「出生」を経た時点を「人の始期」とする説である。人であるか胎児であるかは、社会的評価の問題であり、物理的環境の変化が、客体の社会的属性を変えることはできないから、その区別は専ら社会的な通過儀礼である「出生」を経たか否かになされるべきとする。この見解によれば、早産で生まれた子は生育段階や生育可能性にかかわらず「出生」を経ているから人であり、他方、人工妊娠中絶によって母体外に排出された子は「出生」を経ていないから人ではないことになる。現実に生じる問題を妥当に解決することができるという点で、優れて実用的な見解ではあるが、比較的新しい見解であってその評価は定まっていない。


人の始期の前後による法的な影響

人の始期については、上述のように、刑法分野での判例と民法分野での通説が食い違っている。これは、人の始期の前後によってもたらされる影響が、刑法分野と民法分野では異なるためである。民法と刑法という異なった局面で用いられる法律について、人の始期について無理やり同一の学説を採用しても、すっきりはするかもしれないが、あまり意味はない。


刑法における「人の始期」

日本では、刑法分野において、出生の微妙なタイミングでの胎児ないし幼児の殺害に関して、「『堕胎罪』と『殺人罪』を区別するもの」として、人の始期が問題となった。

殺人罪と堕胎罪を比較した場合、相対的には、堕胎罪は軽く殺人罪は重い。ある行為が堕胎罪に相当するか殺人罪に相当するかを分けるのは、被害者が「胎児(いまだ人間ではない)」であるか「幼児(すでに人間である)」であるかによる。よって、「いまだ人間ではない胎児」と「すでに人間である幼児」とを、厳然と峻別する必要に迫られる。

裁判所は「子供の一部でも母体から露出していれば、そこに直接の打撃を加えて、母体に影響を与えず子供のみを殺害することが可能である」という観点から、「一部露出説」が相当であると判示している。なお、刑法分野で一部露出説が判例となっていることに関して、「加害行為の態様によって客体(=被害者)の性質が規定されるのは不当である」との批判がある。

また、胎児水俣病に関して、胎児を客体とする傷害が成立するかどうかについて争われた。


民法における「人の始期」

民法では、相続に関して、人の始期が問題となる。日本の現行民法には以下の規定が置かれており、人の始期をどこととらえるかによってその後に述べるような違いが生じる。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki